2008年02月09日

トゥータンカニ節 1

トゥータンカニ節
とぅーたんかに ぶし
tuutaN kani bushi
不明
語句・とぅーたんかに 「取ったお金」という意味もあるようだ。「とぅーたん」を「通った」(<とぅーゆん、過去形)、「かに」を「かー+に」として「あたり」(<かー、辺り)「に」。すなわち「通った辺りに」と読むことも可能。「トタン金」と訳したものがあるがそれはあまり納得できない。検討課題。

[琉球民謡正調工工四より。採集者 滝原康盛  口述者 滝原カメ]


一、(えー)船の見ゆんど 国頭の先から 船の見ゆんど 白帆やささぎて真南向かて(すら)真南向かて
えー ふにぬみゆんど くんじゃんぬさちからふにぬみゆんど しらふやささぎてぃ まふぇ'んかてぃ すら まふぇ'んかてぃ
[()は囃子。以下略す]
'ee huni nu miyuN doo kuNjan nu sachi kara huni nu miyuN doo shirahu ya sasagiti mahwe 'Nkati sura mahwe 'Nkati
船が見えるぞ 国頭の先から船が見えるぞ 白い帆は上げて真南向かって 真南向かって
語句・ささぎてぃ 不明だが「あげて」ではないか。辞書に「ささぎゆん」はなく、「さしゅん」(高くあげる)ならある。これに「あぎゆん」(あげる)が合成したものか。さしゅん→さし+あぎゆん=さしゃぎゆん→ささぎゆん


二、(えー)アンマと主 気に毒考えんそうな アンマと主 船乗て新米取て召そらさや (すら)召そらさや
'あんまとぅしゅー ちにどぅくかんげんそな'あんまとぅしゅー ふにぬてぃしんめとぅてぃみそらさや みそらさや
'aNma tu shu chiniduku kaNgeNsona 'aNma tu shu huni nuti shiNmetutimisorasaya misorasaya
お母さんとお父さん 気に毒にお考えなさるな、お母さんとお父さん 船乗って新米取って食べさせてあげたいよ
語句・ちにどぅく 辞書には「ちぬどぅく」(沖)とあり「残念」と「気の毒」の意味がある。みそらさや 食べさせてあげたいよ <みそーらしゃや<みせーん 食べるの敬語 あがる。+あしゅん>しゃ>さ 希望+や。


三、(えー)食まゆかん 船乗て新米取て食まゆかん 百姓そて長浜 食むがまし(すら)食むがまし
かまゆかん ふにぬてぃしんめとぅてぃかまゆかん ひゃくそてぃながはま かむがまし かむがまし
kamayukaN huni nuti shiNme tuti kamayujaN hyaku soti nagahama kamugamashi kamugamashi
食べるより 船乗って新米取って食べるより 平民(を)して長浜(芋?)食べる(ほう)がまし
語句・かまゆかん食べるより <かぬん 食べる の未然形の語幹 かま+ゆか(「より。老人が言う」(沖)) ・ひゃくそてぃながはま 出典には「百姓そてぃ長浜(芋)」(芋には「んむ」のふりがな有り) となっている。歌い方により(芋)が入るということか? 「百姓」(ひゃくしょーhyakusyoo ひゃくそーhyakusoo)とは「農民」をあらわさず「平民」(士族に対する)を意味する。 農民は「はるさーharusaa」。「ひゃくそてぃ」で「平民をして」となるか不明。

(コメント)
琉風会のエイサーの演目に、この「トゥータンカニ節」をいれるというので訳した。
ここにとりあげたのは、実際にエイサーに使われている曲というよりは、古謡で「琉球民謡正調工工四」に掲載されているものだ。

エイサーでは園田青年会がこのあとのせる歌詞で「トゥータンカニ節」を踊っている。短縮バージョンだ。

歌劇「伊江島ハンドー小」('iijima haNdoo gwa)の中では「新トゥータンカニ節」というのが使われている。

さて歌意だが、
「国頭の先から白い帆を揚げた船が見える、真南に向かって」と情景が描写されて
次は敬語が使われているから子どもが親に言うのであろうか。
「お母さんとお父さん、船に乗って新米を取って食べさせたいよ」
しかし「船に乗って」と「新米を取って」が直接結びつかない。
船というのは、那覇に向かう琉球王朝の船であろうか?

そして三番。これは敬語もなく上への反論であるから親が子どもに言っていると考えられる。
「食べるより、船にのって新米取って食べるより」次がよくわからない。
「ひゃくそてぃ」
「ひゃくそてぃ」に当て字が「百姓」とある。「ひゃくしょー」「ひゃくそー」とは農業をしているかしていないかに関係なく「平民」を意味する。農業をしている平民を「はるさー」(畑の人→農民)という。

「ひゃくそー」に「てぃ」をつけるとますますおかしくなってしまう。つまり百姓を「ひゃく」と略できるのならなんとか通じるのだが。それが不明。

「長浜」については喜界島の民謡「いゅんみやんみ節」(奄美の『行きゅんにゃ加那節』の本歌)に

「いゅんみ兄 八杯ぬ辛塩や如何し食で
  長浜添てとぅてたぐり食で」

という歌詞があり、この「長浜」は長浜芋だと解説がある。

さて、コメントをいただいたり、奄美民謡に詳しい友人から教えてもらったのだが、奄美の「行きゅんな加那節」と「トゥータンカニ節」はかなり近い関係にあるようだ。

「行きゅんな加那節」には上掲の歌詞とそっくりなものがある。

あんまとぅじゅ むぬめやしんしょな あんまとぅじゅ くぅむとぅてぃ まむぃとぅてぃみしょらしゅんど そら みしょらしゅんど
お母さん お父さん 心配されませんように 米取って 豆取ってあげますよ

さらにこの歌詞以外にコメントでmizumaさんがご指摘になり友人から教えられた歌に

「トタンカネクワ 店の番頭して トタンカネクワ 名瀬の屋仁川(ヤンゴ)に 打ち捨てて」

というのがあるそうだ。

「トタンカニ」と「トゥータンカニ」の関係や意味についてはまたさらに検討していきたい。

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Posted by たる一 at 19:03│Comments(2)た行
この記事へのコメント
 関先生

 はじめまして。

 琉球方言の微妙な標準語訳をたくさん掲載して下さり、半分シマンチュですが、大阪生まれで しま口ないびらん わんにとぅてぃ ゆかいな びんちょーぬたみんかいないるサイト やいびんやー はげーっ でぃち うっさうっさしみしぇーてぃるばーてーさやー、さり。

 「見ゆんでー」を「見えるぞー」と訳して下さる機会に出会うことはなかなかございません。
 関西育ちぬ わんとぅしぇー 「見えるでー」という関西弁とも似ているなーと思いました。
 沖縄方言の語尾は、結構関西弁に似ている所が多いようで、なんでかなーでぃち思っております。

 ところで、トゥータンカニ節というのは、徳之島にあります「取ったん金ぐわ節」とひょっとして同じルーツではないかと思います。
 沖縄でも唄われているんだと驚いております・。

 それに、これは、奄美大島の「行きゅんや加那節」と同じ旋律ではないでしょうか??

 2番の「アンマと主 気に毒考えんそうな アンマと主 船乗て新米取て召そらさや (すら)召そらさや」
 は、「アンマー とぅー じゅ(主)ー 物思(むぬみ)ーや しんしょんな アンマー とぅー じゅー 粟取(とぅ)て 豆取て みしょらしゅんどー すーら みしょらーしゅぅんどー」
 と歌詞が殆ど同じで、内地の七五系のリズムです。

 また、沖縄口の「うさがれ」でなく、奄美口の「みしょれ」が使われております。

 それがなぜ徳之島の「取ったん金ぐぁ」という唄名が付いているのか不思議です。

 ついでに、徳之島や奄美大島からの唄で、沖縄まで唄われている唄は、ちゅっきゃり節、道の島節、朝花節、六調節、諸鈍長浜節など、意外とあるようですね。
 カーデクーも、ナビという女性が出てきますので、大島の「かどくなべ加那節」と同じ感じがします。しかし、曲のテンポは全然沖縄の方が早い唄となってますね。恐らくルーツの同じ歌がこんなに違うテンポで唄われるのかとびっくりします。
 奄美の唄は全体的にスローです。
 方言は沖縄、リズムは、宮古、八重山と似ていると思います。

                            おじゃましました。
Posted by 切磋琢磨‘琉’ at 2008年02月11日 23:20
切磋琢磨‘琉’ さん
コメントありがとうございます。

今回トゥータンカニ節が奄美民謡と深い関係にあることは昔本で読んでいたのに、もう忘れていた私です。(ちゃんと線まで引いていたのに)
それはともかく、

>「見ゆんでー」を「見えるぞー」と訳して下さる機会に出会うことはなかなかございません。

ここのところちょっと気になりました。
実は「見ゆんでー」と「見ゆんどー」では意味が違う。
ウチナーグチで「見ゆんでー」は「見えるとは」ですね。
分解すると
miyuN+ di+ ya 見える と は です。
ちょっと勘違いしていましたが、取り上げてもらって気づきました。
ありがとうございます。

あと上では「みそらさや」(トゥータンカニ)に対応する「みしょらーしゅんど」の
「みそら」「みしょら」ですが沖縄語にもある「みせーん」(お・・される。食べるの敬語など)の活用形であると思います。ともに「召しあり」からきていると思います。
Posted by たるー at 2008年02月12日 22:48
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