2008年05月25日

下千鳥  2

下千鳥
さぎちじゅやー
sagi chijuyaa


(「由絃會工工四集」より)
義理と思て恋路忘らりてからや ぬゆでふみ迷て浮き名立ちゅが ぬゆでこの世間に義理のあゆが 
じりとぅむてぃくいじ わしらりてぃからや ぬゆでぃふみまゆてぃ'うちなたちゅが ぬゆでぃくぬしけにじりぬ'あゆが
jiri tumuti kuiji washiraritikara ya nuyudi humihumimayuti 'uchina tachuga nuyudi kunu shike ni jiri nu 'ayuga
義理と思い恋路忘れられてからどうして浮名(噂)立つのか どうして世界(世間)に義理があるのか
語句・とぅむてぃ と思い。<とぅ+うむゆん。が融合したもの。・うちな 浮名。色恋の噂。<うきな。・しけ 世界。sekai→shikee(三母音化、aiの長母音化)。「世間」はshikiN。


捨てられて我身の苦りしゃてや思まぬ むくいどんあれにいかばちゃすが つれなさや二人がせる仕様 
してぃらりてぃわみや くりしゃてぃや'うまん むくいどぅん'ありに'いかばちゃすが ちりなさやたいがせるしざま
shitirariti wami ya kurisha tiya 'umaN mukuiduN 'ari ni 'ikaba chasuga chirinasa ya tai ga seru shijama
捨てられて私は苦しいとか思わない 報いでもあの人に行けばどうするか(と心配するばかり) 情けないことよ 二人がする有様
語句・てぃやとか。辞書には「てぃやい」「てぃやり」とあるが「てぃや」はない。短縮か。 ・どぅん 「強意の助詞」(沖)。


(嘉手苅林昌 CD「唄遊び」より)
ままならんからど別りやいうしが ぬゆで夢しじく見して呉ゆが ちりなさや二人がなちゃる仕様 
ままならんからどぅわかりやいうしが ぬゆでぃ'いみしじくみしてぃくぃゆが ちりなさや たいがなちゃるしざま
mama naraN kara du wakariyai ushi ga nuyudi 'imi shijiku mishiti kwiyuga chirinasa ya tai ga nacharu shizama
自由にならないから別れたのに どうして夢(を)しょっちゅう見せてくれるのか 情けないことよ!二人がなっている哀れな有様


真夜中どやしが夢に起こされて今時分までも我沙汰しらに かわて今日の夜半明かしかにて
まゆなかどぅやしが'いみに'うくさりてぃ なまじぶんまでぃんわさたしらに かわてぃちゅうぬ やふぁん'あかしかにてぃ
mayunaka du yashiga 'imi ni 'ukusariti namajibuN madiN wasata shirani kawati chu nu yahwaN 'akashi kaniti
真夜中であるが夢に起こされて 今時分までも私の噂してないだろうな とりわけて今日の夜中明かすのが辛くて 
語句・かわてぃ 「特に 殊に」(琉)。「かわてぃ」には「変わって」と、この「とくに」がある。こちらは副詞。たとえば「'unu naaka ni cui ya kawati curasa 'ataN その中で一人は特に美しかった」(琉)。


(登川誠仁 「登川誠仁工工四」より)
浮世楽々と渡いぶしゃあしが我がままならん世間のなれや 何がし自由ならん 世間のなれや 
'うちゆらくらくとぅわたいぶしゃ'あしが わがままならんしけぬなれや ぬがしじゆならん しけぬなれや
'uchiyu rakuraku tu watai busha 'ashiga waga mama naraN shike nu nare ya nu gashi jiyu naraN shike nu nare ya
浮世楽々と渡りたいのであるが私の思い通りならない世間の常は どうして自由にならない世間の常は
語句・しけ 世間。<しけー shikee ・なれ 習わし 習慣。「世ぬ中ぬなれー」→世の常。 「しけ」も「なれ」も「詩的許容」により短縮されている。つまり、琉歌の限られた字句数の中でのみ、長母音が短母音に置き換わることが許されていること。日常会話では通用しないから注意。


月ゆ見ば今日ん元姿やしが 人の寄る年やかにん変わてぃ 淋々と一人月に向かてぃ
ちちゆみりば なまんむとぅしがたやしが ふぃとぅぬゆるとぅしや かにんかわてぃ さびさびとぅちゅい ちちに'んかてぃ
chichi yu miriba namaN mutu shigata yashiga hwitu nu yuru tushi ya kaniN kawati sabisabi tu chui chichi ni 'Nkati
月を見れば今日も昔(の)姿であるが 人の寄る年はかのようにも変わって 寂しく一人月に向かって
語句・かにん かのようにも。 <かに 「[文語]斯[か]く、かように [口語はkan]。」(琉)。 + ん 強調。


袖ふたる昔今日になて見りば寄ゆる此ぬ年どぅな恨みゆる 自由ならん世間やかにんちらさ 
すでぃふたるんかし なまになてぃみりば ゆゆるくぬとぅしどぅな'うらみゆる じゆならんしけやかにんちらさ
sudi hutaru Nkashi nama ni natimiriba yuyuru kunu tushi du na 'uramiyuru jiyu naraN shike ya kaniN chirasa
袖触れた昔 今になってみれば寄るこの年こそ今やうらむだけ 自由ならない世間はかように辛いことよ!


寄る年ぬ戻ち若くならりてね くい戻ち見ぶしゃむとぅぬ若さ 淋しさや今日になてぃ見りば
ゆるとぅしぬむどぅちわかくならりてね くいむどぅちみぶしゃ むとぅぬわかさ さびしさや なまになてぃみりば
yuru tushi nu muduchi wakakunararitene kuimuduchi mibusha mutu nu wakasa sabisisa ya nama ni natimiriba
寄る年が戻して若くなるものならば 繰り戻してみたい 元の若さ 淋しいことよ 今になってみれば 


(作者不明 「正調 琉球民謡工工四」より)
咲ち出ぢる童 戦世ぬたみに知らん他所島ぬ土どぅ枕 哀りさや産子 土どぅ枕 
さち'んじるわらび 'いくさゆぬたみに しらんゆすじまぬ [つぃち]んちゃどぅまくら 'あわりさや なしぐゎ[つぃち]んちゃどぅまくら
sachi 'Njiru warabi 'ikusa yu nu tami ni shiraN yusu jima nu [tsichi]Ncha du makura 'awarisa ya nashigwa  [tsichi]Ncha du makura
(花)咲き出る子ども 戦争の時代のために 知らない他所の村の土(を)枕に かわいそうに子ども土(を)枕に
語句・つぃち 「土」に、こう振り仮名があるのだが、沖縄語辞典、琉球語辞典などをみても「つぃち」なる読み方が見当たらない。たしか知名定男さんも「南洋小唄」でこう発音されていたが。ここでは辞書どおりの「んちゃ」(土)の発音を当てた。

頼るがきてぃ居たるかなし思産子 無情な戦世に散りゆ果てぃてぃ
たるがきてぃうたる かなし'うみなしぐゎ むじょな'いくさゆにちりゆはてぃてぃ
tarugakiti utaru kanashi 'uminashigwa mujo na 'ikusa yu ni chiri yu hatiti
頼っていた愛しい私の子ども 無情な戦争の時代に散り果てて 


(山内昌永 「琉球民謡工工四」より)
でぃ二人縺りやい 久米島に渡ら 寂しさや旅ぬ空や 今どぅ稲粟ぬ時分でむぬ
でぃたいむちりやい くみじまにわたら さびしさやたびぬすらや なまどぅ'んに'あわぬじぶんでむぬ
di tai muchiriyai kumijima ni watara sabisisa ya tabi nu sura ya nama du 'Nni 'awa nu jibuN demunu
さあ二人仲むつまじなって 久米島に渡ろう さびしいことよ!旅の空は 今は稲粟の時分だもの 
語句・むちりやい 仲睦まじくなって <むちりゆん 睦まじくなる +やい 「・・して」 ・でむぬ だから。だもの。 


連りてぃ縺りてぃん尾類や呼びみしょり 破りてぃ久葉扇や風や呼ばに
ちりてぃむちりてぃんじゅりやゆびみしょり やりてぃくばおーじや かじやゆばに
chiriti muchiritiN juri ya yubimishori yariti kubaooji ya kaji ya yubani
連れて仲睦まじくなっても女郎をばお呼びなさい 破れてクバの扇は風は呼ばない 
語句・やりてぃ 破れて。<やりゆん 破れる。


破りてぃ久葉扇ぬ風呼ばんありば破りてぃ久葉笠や雨や漏らに 
やりてぃくばおーじぬかじゆばんありば やりてぃくばがさや'あみやむらに
yariti kubaooji nu kaji yubaN 'ariba yariti kubagasa ya 'ami ya murani
破れてクバ扇が風を呼ばないのであれば 破れてクバ笠は雨は漏らないか?


(普久原朝喜 「沖縄民謡大全集」より)
一期ままとぅむてぃ 語らたる二人やしが情ねん無蔵や我身捨てぃてぃ 捨てぃてぃ行ちゅさ 思無蔵や情ねらん 
'いちぐままとぅむてぃ かたらたるたいやしが なさきねんんぞやわみしてぃてぃ してぃてぃ'いちゅさ 'うみんぞやなさきねらん
'ichigu mama tumuti katarataru tai yashiga nasaki neN Nzo ya wami shititi shititi 'ichusa 'umiNzo ya nasaki neraN
一生一緒だと思って語った二人だけれど 情けのない貴女は私を捨てて 捨てて行くよ 愛する貴女は情けが無い
語句・いちぐ 一生。 ・まま 侭。言うなりになること 一緒。共。 




下千鳥は2回目。
今回はさまざまな下千鳥の歌詞を集めてみた。
「沖縄民謡大全集」によると
「1887年頃 当時流行していた浜千鳥に玉城盛重振り付け今日まで女踊りの名作として継承されている。後にその浜千鳥をゆったりとしたテンポで悲哀のうたとして歌われるようになった」
という。
普久原朝喜が歌った1935年頃は、まだ「千鳥節(ちじゅやー)」と呼ばれている。
「下げ」というのはさらにその後になっていわれるようになったのだろう。

普通「下げ」とは、歌の高さを表現する場合が多いが、この曲では「テンポが遅くなった」という意味で使われているという説がある。
「下千鳥の「下」は、スピードを下げるという意で、「浜千鳥(ちじゅやー)」の一変化(へんげ)。すなわち「浜千鳥」のテンポをスローにすると「下千鳥」となります。」(小浜司のうちなー列伝

たしかに「下千鳥」は、どれもゆっくり歌うことに例外はない。
しかし、速度が遅いことを「下げる」というのだろうか疑問がある。
普通、打ち出しの音の高さで「下げ」「上げ」という。
「歌持ち」(前奏)が四・下老・四と下がることからであろうと思う。
浜千鳥は五・中・工・五・・・と高いところから始まる。
つまり浜千鳥を速度を落としただけでは「下千鳥」にはならない。

さて、内容だが、別れ、苦しみ、悩みをテーマにした歌詞が多い。

由絃會の歌詞は、捨てられた主人公がうらむのではなく相手に「報い」がいくことを心配する、深い愛情が表現されている。
林昌さんのものは、この方に特有のすこしユーモラスさを含むもの。
誠小さんのものは、とつとつと寄る年波への寂しさ、悲しみを歌う。
「正調 琉球民謡工工四」では戦争であわれな暮らしと結末を余儀なくされた子どもへの思い。
山内昌永氏のものは、男女の掛け合いで皮肉たっぷりの愛憎いりまじった思い。
朝喜氏のものは、捨てられた男の哀れさ。




Posted by たる一 at 13:57│Comments(4)
この記事へのコメント
ヒヤミカチ節の歌詞が知りたくて
ここに来ました!
千葉出身ですがうちなーが大好きで
7月にまた沖縄にいって三線買って
練習したいと思います
このブログ活用させていただきます!
最高のサイトをありがとう!
また来ます!
Posted by バタコ at 2008年06月04日 00:07
ご活用ください。
三線もがんばってくださいね。
こんごともよろしく。
Posted by たるー at 2008年06月06日 06:08
こんにちわ.はじめまして!

わたしは沖縄出身、本土の大学に通っています.

昨日の夢に、88歳で亡くなったおじぃが出てきました.
トーカチ祝いのような風景だったんですけど、おじぃはなぜか「下千鳥」を唄っていました.
おじぃは嘉手苅林昌さんに似てて、声がきーかさーなんですけど、とても綺麗な声でした.

「下千鳥」の歌詞の意味を知りたくて、とんできました.
細かく解説されていて分かりやすくて助かりました.
本当にありがとうございました.
これからも頑張ってくださいね.

失礼します.
Posted by 知念さき乃 at 2010年06月18日 11:24
おじいが夢に、ですか。
私は昨日、八重山唄者が夢に出てきました。

林昌さんもときどき夢に出てきます。

いい声ですよね。

ブログへの励まし、ありがとうございます。

ぼちぼちやっていきますので、ご活用くださいね~
Posted by たるー at 2010年06月19日 23:16
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