2007年03月31日

述懐節

述懐節
しゅっけー ぶし
shukkee bushi
語句・しゅっけー<しゅっくぇーしゅん困る。ばつの悪い。


(古典 上出し'agi'Njashi)
拝でなつかしやまづせめてやすが 別かて面影のたたばきやしゆが
'うがでぃ なちかしゃ や まじ しみてぃやしが わかてぃ'うむかじぬたたばちゃしゆが
'ugadi nachikasha ya maji shimiti yashiga wakati 'umukaji nu tataba chashiyuga
お会いして悲しいことよ しばらく(心)染めても別れて面影が浮かんだらどうしようか
語句・うがでぃお会いして<うがぬん(拝む お会いする)cf.廃藩の武士 

さらば立ちわからよそめ無ぬうちに やがて暁の鳥もなきゆら
さらばたちわから ゆすみねんうちに やがてぃ'あかちちぬとぅいんなちゅら
saraba tachi wakara yusumi neN 'uchini yagati 'akachichinu tuiN nachura
それでは立ち別れよう 他人の目がないうちに やがて暁の鳥も鳴くだろう
語句・さらばそれでは・たちわから<たち(接頭語)明確な意味はない+わかゆん の未然形 志向~したい

御衣の袖とやりわがよしめなげな きやならはもともて捨てていまゐめ
んすぬすでぃ とぅやり わがゆしみなぎな ちゃならわん とぅむてぃ してぃてぃ 'いめみ
Nsu nu sudi tuyari waga yushiminagina chanarawaN tumuti shititi 'imemi
お着物の袖を取って引き止めているのに どうなってもいいと思ってお行きになるのですか?

語句・んす「着物」の敬語・とぅやり<とぅゆん(取る)+やい(・・して)、「取って」の意味になる。・わが<waaga私が・ゆしみなぎな<ゆしみゆん=ゆしぬん(立ち止まらせる 引き止める+なぎーな(接尾語)・・ながら ・・・なのに 引き止めているのに・ちゃならわん<ちゃーならわん(詩的許容のため短縮)どうなろうとも・とぅむてぃと思って・いめみお行きになるのですか?<いめーん(行くの尊敬語)+み(か?)

(古典 下出し)
いな昔なるい あはれ語らたる馴れしい言葉のくたぬうちに
'いな'んかしなるい 'あわりかたらたる なりし 'いくとぅばぬ くたん'うちに
'ina 'Nkashi narui 'awari katarataru narishi 'ikutuba nu kutaN 'uchini
もはや昔になるか?苦労を語った慣れ親しんだ言葉が朽ちないうちに
語句・いなもはや、・なるいなるか<なゆん(なる)の文語体+い(疑問文)・あわり哀れ、苦労、辛いこと・くたん朽ちない<くちゅん(朽ちる)の否定形

(舞踊 下出し)
朝夕さもお側拝み馴れ染めの 里や旅せめて いきやす待ちゆが
'あさゆさん 'うすば うがみなりすみぬ さとぅやたびしみてぃ 'いちゃしまちゅが
'asaNyusaN 'usuba ugaminarisumi nu satu ya tabi shimiti 'ichashi machuga
朝夜も傍ら(で)なれそめの貴方は旅させて (私は)どうやって待つか
語句・あさゆさ 朝夜 つまり休むまもなく。・うすば 傍らで・たびしみてぃ 旅をさせて・いちゃしどうやって

(コメント)
花風の「ちらし」で歌われる、花風とともに名曲にあげられる。
しかし難曲。

「古典」で、舞踊にも。「雑踊り」(ぞううどぅい)

歌いだしの音程の高さ、低さで「上出し」('あぎ'んじゃし)と「下出し」(さぎ'んじゃし)があり、また三線の調弦によって本調子、ニ揚げがある。歌詞も多様。
これだけ多様化するということは、人々から愛されている曲である。

三線演奏家には一度は弾いてみたい曲であろう。
途中の間(まー)の取り方には非常に難しい部分があり、また人により微妙な違いが出てくる。


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Posted by たる一 at 11:04│Comments(2)さ行
この記事へのコメント
たるーさんこんにちは。
述懐節の「なつかし」のところは訳が難しいですね。沖縄には古い日本語が残っているので古語の「なつかし」(意:かわいい)をあててみたのですが意外としっくりきました。

拝でなつかしやまづせめてやすが 別かて面影のたたばきやしゆが
(彼女を見ればとても可愛らしくて その想いは直ぐに私の心に染み渡ってしまう デートのあと別れてからも彼女の面影が心に浮かんでしまったらどうしょう?)

舞踊の下出述懐節も想いが強く込められた歌詞ですね。
朝夕さもお側拝み馴れ染めの 里や旅せめて いきやす待ちゆが
(朝晩ずっとそばにいて顔を見てたラブラブのダンナが長期出張!(花風節で那覇港から出て行きましたから船旅ですね。ヤマト旅なら1〜2年、唐旅だと3年は帰ってこれません。)どうやって待ってたらいいの?)

題名は文字通り過去のことを述懐しながら歌った意味で良いと思いますよ。
 
Posted by ふーちゃんふーちゃん at 2010年08月01日 18:51
お返事が遅くなりました。
コメントありがとうございます。

ふーちゃんのように、現代に生きる私たちに引き寄せた解釈
とてもすばらしいと思います。

3年半ほど前に書いた文章ですが、いま見直してみると
いろいろ手を加えたいところが見えてきます。

おっしゃるように、
「なちかしゃん」を意訳されることも面白い解釈だと思います。

いろいろ勉強になります。

また時間のあるときに、上の記事は少し書きなおしてみたいと思います。
Posted by たる一たる一 at 2010年08月22日 20:43
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