2008年08月29日
仲風節
仲風節
なかふーぶし
nakahuu bushi
語句・なかふー 琉歌の八・八・八・六の形式に対し、五・七・八・六、または五・五・八・六の形式をもつ唄をそう呼ぶ。追記に書いたように、なぜ「仲風」と呼ぶのかは諸説あり定かではない。
(本調子)
語りたや 語りたや 月の山の端にかかるまでも
かたいたやかたいたや ちちぬやまぬふぁにかかるでいん
kataita ya kataita ya chichi nu yama nu hwa ni kakarumadiN
○語りたい 語りたい 山の端にかかるまでも
(二揚げ)
誠一つの浮世さめ のよでい言葉の あはぬおきゆが
まくとぅふぃとぅちぬ'うちゆさみ ぬゆでぃ'いくとぅばぬ'あわんうちゅが
makutu hwituchi nu 'uchiyu sami nuyudi 'ikutuba nu 'awaN uchumi
○誠一つの浮世であるぞ どうして言葉が合わないはずがあるだろうか
(二揚げ下出し)(本調子下げ出し)
結ばらぬ片糸の あはぬ恨みとて つもる月日
むしばらんかた'いとぅぬ'あわん'うらみとぅてぃちむるちちふぃ
mushibaraN kata'itu nu 'awaN 'uramituti chimuru chichihwi
○結べない片糸が合わないと恨んで積もる月日
(本調子)
なさけあて染れ 紺屋のあるじ 染めてあるかなの あだになよめ
なさき'あてぃすみり くやぬ'あるじ すみてぃ'あるかなぬ'あだになゆみ
nasaki 'ati sumiri kuya nu 'aruji sumiti 'aru kana nu 'ada ni nayumi
○情けでもって染めよ 紺屋の主人 染めてある糸束があだになるまい
語句・くや 紺屋:染物屋。本土では本来は「藍染め」を専門とする職人をそうよび、後に染色業一般をさすようになった。沖縄での詳細は不明。 ・かな 「縢〔かな〕〔かせに掛ける前の糸束〕」(琉)。
なかふーぶし
nakahuu bushi
語句・なかふー 琉歌の八・八・八・六の形式に対し、五・七・八・六、または五・五・八・六の形式をもつ唄をそう呼ぶ。追記に書いたように、なぜ「仲風」と呼ぶのかは諸説あり定かではない。
(本調子)
語りたや 語りたや 月の山の端にかかるまでも
かたいたやかたいたや ちちぬやまぬふぁにかかるでいん
kataita ya kataita ya chichi nu yama nu hwa ni kakarumadiN
○語りたい 語りたい 山の端にかかるまでも
(二揚げ)
誠一つの浮世さめ のよでい言葉の あはぬおきゆが
まくとぅふぃとぅちぬ'うちゆさみ ぬゆでぃ'いくとぅばぬ'あわんうちゅが
makutu hwituchi nu 'uchiyu sami nuyudi 'ikutuba nu 'awaN uchumi
○誠一つの浮世であるぞ どうして言葉が合わないはずがあるだろうか
(二揚げ下出し)(本調子下げ出し)
結ばらぬ片糸の あはぬ恨みとて つもる月日
むしばらんかた'いとぅぬ'あわん'うらみとぅてぃちむるちちふぃ
mushibaraN kata'itu nu 'awaN 'uramituti chimuru chichihwi
○結べない片糸が合わないと恨んで積もる月日
(本調子)
なさけあて染れ 紺屋のあるじ 染めてあるかなの あだになよめ
なさき'あてぃすみり くやぬ'あるじ すみてぃ'あるかなぬ'あだになゆみ
nasaki 'ati sumiri kuya nu 'aruji sumiti 'aru kana nu 'ada ni nayumi
○情けでもって染めよ 紺屋の主人 染めてある糸束があだになるまい
語句・くや 紺屋:染物屋。本土では本来は「藍染め」を専門とする職人をそうよび、後に染色業一般をさすようになった。沖縄での詳細は不明。 ・かな 「縢〔かな〕〔かせに掛ける前の糸束〕」(琉)。
古典曲。
仲風という唄の形式は、語句で書いたように
琉歌の形式と和歌の形式の折衷にもみえる。
「歌三線の世界」(勝連繁雄著)によると
「上句が五・五あるいは七・五調の和語、下句が八・六の琉語、すなわち和歌と琉歌を折衷したような歌だから仲風という名ができたとか、今風と昔風の中間にあるから『仲風』という名ができたとかいう説があるが、はっきりしない。」
仲風節は多くの人々に愛されてきたために、調弦の仕方と歌いだし方を変えて
「二揚げ」「二揚げ下げ出し」「本調子」「本調子下げ出し」と4種類がある。
上に並べたように、歌詞も変えてある。
直訳を、わたしなりに意訳しおく。
(ニ揚げ)
誠一つの浮世であるから、誠をこめて話せばわかりあえないはずはない
(二揚げ下出し)(本調子下げ出し)
結べない片糸のような縁が合わないと恨んでも、積もる月日
(本調子)
情けでもって染めてください 紺屋の主人よ 染めてある糸束のように、無駄になることはないだろう
仲風という唄の形式は、語句で書いたように
琉歌の形式と和歌の形式の折衷にもみえる。
「歌三線の世界」(勝連繁雄著)によると
「上句が五・五あるいは七・五調の和語、下句が八・六の琉語、すなわち和歌と琉歌を折衷したような歌だから仲風という名ができたとか、今風と昔風の中間にあるから『仲風』という名ができたとかいう説があるが、はっきりしない。」
仲風節は多くの人々に愛されてきたために、調弦の仕方と歌いだし方を変えて
「二揚げ」「二揚げ下げ出し」「本調子」「本調子下げ出し」と4種類がある。
上に並べたように、歌詞も変えてある。
直訳を、わたしなりに意訳しおく。
(ニ揚げ)
誠一つの浮世であるから、誠をこめて話せばわかりあえないはずはない
(二揚げ下出し)(本調子下げ出し)
結べない片糸のような縁が合わないと恨んでも、積もる月日
(本調子)
情けでもって染めてください 紺屋の主人よ 染めてある糸束のように、無駄になることはないだろう
Posted by たる一 at 19:28│Comments(0)
│な行
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