2008年10月14日

昔の若さ

昔の若さ
むとぅぬわかさ
mutu nu wakasa
昔の若さ

作詞 儀保ナビ
作曲 国吉真勇


一、年ん寄いしみて 八九十んなとい 繰戻ち見ぶさ 昔の若さ 繰戻ち見ぶさ 昔の若さ
(繰り返し部分、以下略)
とぅしんゆいしみてぃ はちくじゅんなとい くいむどぅちみぶしゃ むとぅぬわかさ
tushiN yuishimiti hachikujuN natoi kuimuduchimibusha mutu nu wakasa
年も寄りせまり八、九十になっており くり戻してみたいものだ 昔の若さ
語句・ゆいしみてぃ<ゆゆん 寄る。+しみゆん 迫る。・なといなっており。<なとーい。短縮されている。・くいむどぅち くいもどして、くりかえして。<くいむどぅしゅん。


二、寄る年戻ち 若くならりゆみ 親の楽しみや 嫁の心
ゆゆるとぅしむどぅち わかくならりゆみ 'うやぬたぬしみや ゆみぬくくる
yuyuru tushi muduchi wakakunarariyumi uya nu tanushimi ya yumi nu kukuru
寄る年を戻して若くなられまい 親の楽しみは嫁の心


三、又と拝まらん 此の世間や宝 子孫うちするて 百歳御願
またとぅうがまらん くぬしけやたから しすん'うちするてぃ ひゃくさ'うにげ
mata tu ugamaraN kunu shike ya takara shisuN 'uchisuruti hyakusa 'unige
二度と拝めないこの世界は宝 子(や)孫勢揃いして百歳お願い
語句・しけ 世界。「世間」は「しきん」。<しけー。


四、わじか此の世間や 一代世の暮し 浮世楽々と 暮ちいかな
わじかくぬしけや いちでゆぬくらし 'うちゆらくらくとぅくらち'いかなwajika kunu shike ya 'ichideyu nu kurashi 'uchiyu rakuraku tu kurachi 'ikana
わずかこの世界は一代世の暮らし 浮世は楽々と暮らしていきたい
語句・わじか わずか。 文語的表現。・いかな いきたい。いこう。動詞の未然形について希望をあらわす。


五、たとい世の中ぬ 変て移るとん 昔遺言葉や忘て呉るな
たとぅいゆぬなかぬ かわてぃ'うちるとぅん んかし'いくとぅばや わしてくぃるな
tatui yu nu naka nu kawati'uchirutuN Nkashi 'ikutuba ya washite kwiruna
たとえ世の中が移り変わっても昔の言い伝えは忘れてくれるな
語句・うちるとぅん<うちゆん 移る。+とぅん …しても。・わして 忘れては。<わしゆん 忘れる。→わしてぃ+や 融合して→わしてー。後に否定文がくる場合が多い。


六、想ば懐かしや昔し想影ぬ 肝にうみ染て 忘りぐりさ
'うみばなちかしや んかし'うむかじぬ ちむに'うみすみてぃ わしりぐりさ
'umiba nachikashi ya Nkashi 'umukaji nu chimu ni 'umisumiti washirigrisa
思えば懐かしいのは昔面影が心に思い染めて忘れがたいことよ!


七、我が身ちりんちる 他人ぬ上ん知ゆる 無理するな 友達情びけい
わがみちりんちる ゆすぬ'うぃんしゆる むりするな どぅしぐゎなさきびけい
waga mi chiriNchi ru yusu nu 'wiN shiyuru murisuruna dushigwa nasakibikei
我が身(を)つねってみてこそ 他人の(身の)上をも知る 無理するな 友達(よ)情けばかり
語句・ちり 切れ。 <ちぬん つねる。命令形。 「ちぬん」には「積む。積もる。摘む。詰める。つねる。」などの意味があり、ここでは、「つねる」を採用。「ちでぃ」→「ちり」(那覇方言では「R」と「D」の区別がなくなる。つまり「ちでぃ」も「ちり」も同じとなる) ・んち ・・してみて。<んじゅん。見る。→んち。 ・うい <ういー 上。 上下だけでなく身の上、という意味もある。

Ai_Nyaiさんよりいただいた歌詞と工工四から。

年を取る、という人間、いや生命普遍の原理から
人はどう生きるべきかを諭す歌。

意訳
1、年も寄り8,90もなると もう一度あの若さを取り戻してみたいと思うものだ。
2、しかし寄る年はもう戻せない。親の楽しみは次世代の若い嫁の思いやり、やさしさ。
3、二度と拝めないこの世界は宝だと思いなさい。子や孫を集めて百歳をお願いしましょう。
4、この世界で生きる時間はわずかで一代の世の暮らしであるから、この世の中楽々と生きましょう。
5、たとえ、世の中が移り変わっていっても昔の人の言い伝えは忘れてはならない。
6、思えば懐かしい昔の人の面影、心に深く残っていて忘れがたいものだ。
7、わが身をつねってみなければ人の気持ちはわからないもの。無理するな、友達よ。情けが大事だ。

7番は、コメントで、ふーちゃんさんがご指摘くださったように「仲間節」の

わが身ちぬで見ちど 余所の上や知ゆる 無理するな浮世情けばかり
わが身をつねってみてこそ他人のことがわかる 無理するな この世は情けが大事

から作られている。尚敬王の詠んだ歌といわれている。

上の語句に書いたが
「ちりんちる」を最初「切れ、と言ってこそ」と訳してしまった。
これは「ちりんち」を「ちゆん 切る」の命令形と「んち ・・と言って」と見たのだが
「ちぬん つねる」の接続形「ちでぃ つねって」が那覇方言では「ちり つねって」となることに気がつかなかった。
那覇の方は「R」と「D]は区別がない。たとえば「友達 どぅしぐゎ」は「るしぐゎ」になったりする。
同じ理由で「ちりんちる」の「る ru 」は「どぅ du 」。
訂正しておきます。


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Posted by たる一 at 06:00│Comments(4)ま行
この記事へのコメント
たる〜さん
有り難うございます
意味がわからない部分が多かったのですが、これからは気持ちを込めて唄います.
Posted by Ai_Nyai at 2008年10月16日 11:01
いや、未熟な訳で恥ずかしいものです。

七番。「ちり」は、沖縄でいうところの「ゴミ」なのか、と迷っております。
わが身をチリといってこそ、なのか?

もしこの唄を教えていただいた方に聞く機会がありましたら
聞いてみてください。
Posted by たるー at 2008年10月16日 17:49
ご無沙汰してます。

7番の歌詞は仲間節と同じですね。
自分の手を抓(つね)切ってみなければ人の痛みはわからない。
無理するな友よ。世は情けだから。
てな感じでしょうか。
Posted by ふーちゃんふーちゃん at 2008年10月18日 03:29
ふーちゃんさん
おひさしぶりです。

仲間節

我が身摘で見ちど与所の上や知ゆる 無理するな浮世情けばかり
わがみちでぃんちどぅ ゆすぬういやしゆる むりしるなうちゆ なさきびけい

これですね。

わが身をつねってみて他人のことがわかる 無理するな世の中は情けばかり

「昔の若さ」で「んちどぅ」は「・・と言って」ではなく「見ちどぅ」→「みてこそ」であるわけですね。

ご指摘、ありがとうございました。訂正しておきますね。

見たことがある歌詞だとは思いつつ、気がつきませんでした。

ちなみに「尚敬王」が詠んだ琉歌だといわれているようです。
Posted by たるー at 2008年10月18日 07:34
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