2006年11月02日

肝がなさ節

肝がなさ節
ちむがなさぶし
chimu ganasa bushi
真心の愛の歌
語句・ちむ 「心、心情」【琉辞】。「心」(くくる)よりこちらを使うことが多い。中立的な「心」というより「良い心」という意味に近い。「肝」(きも kimo)から。・がなさ<かなさ <かなさん。 かなしゃん。「かわいい、いとしい」【琉辞】。「かなさ」が連濁により「がなさ」。


作詞 とりみとり 作曲 普久原恒勇


一、里がするかなさ 肌がなさかなさ 年重び重び肝ぬかなさ
さとぅがする かなさ はだがなさ かなさ とぅしかさびかさび ちむぬ かなさ
satu ga suru kanasa hadaganasa kanasa tushikasabikasabi chimu nu kanasa
貴方の愛は 肌を求める愛 年を重ね重ねて真心の愛(になる)
語句・さとぅ 女性から愛しい男性に向けていう「貴方」(あなた)。「里」は当て字。・かなさ 「愛」。<かなさすん。かなさしゅん。愛する。・はだがなさ 肌を愛する。肌のぬくもりを求める。・ちむぬかなさ 「真心を求める愛」「真心からの愛」どちらにもとれる。


※(肝がなさらや 思みかなさらや
ちむがなさらや 'うみーかなさらや
chimuganasara yaa 'umiikanasaraya
真心から愛しましょうね 思う人を愛しましょうね
(括弧以下省略)
語句・がなさら 愛しましょう。愛したい。<かなさん かなしゃん。の未然形。「・・しょう」「したい」の意。・やー ねえ。なあ。文末助詞。・うみー 「思う人」「思い・・」どちらもとれる。



二、肝や肝しちどぅむてぃなしんさびる 誠肝 我肝 里がままに
ちむやちむしちどぅ むてぃなしんさびる まくとぅちむ わちむ さとぅ がままに
chimu ya chimu shichi du mutinashiN sabiru makutu chimu wa chimu satuga mama ni
真心は真心が好きでこそお取扱いいたします 誠の心には私の真心で 貴方のままに
語句・しち 好き。・どぅ 強調の意。・むてぃなし 本来は「取り扱い、(細工の)作り」【琉辞】。であり、「もてなす」は「とぅいむちゅん tuimuchuN」という。・ 強調の意。「も」。



三、二人が情花咲かす夜や ゆくん肝がなさ勝てぃかなさ
たいがなさきばな はなさかすゆるや ゆくんちむがなさ まさてぃかなさ
tai ga nasakibana sakasu yuru ya yukuN chimuganasa masati kanasa
二人が情けの花を咲かせる夜は さらに一層心からの愛が強くなって愛したい
語句・たい 二人。・なさきばな 直訳すると「情けの花」。・ゆくん 「もっと、一層」【琉辞】。・まさてぃ <まさゆん。 「まさる、すぐれる;増してくる、つのる」【琉辞】。連用形。強くなって。



四、世間や走川の夢の間ややてぃん 互に肝がなさしちょてぃ浮世
しけやはいかわぬ 'いみぬまや やてぃん たげに ちむがなさ しちょてぃ 'うちゆ
shike ya haikawa nu 'imi nu ma ya yatiN tage ni chimuganasa shichoti 'uchiyu
世界は流れの早い川のような夢の間であっても互いに真心の愛をして(渡る)浮世だ



五、男生まりとてぃ女生まりとてぃかなさねん者やただぬ葉がら
うぃきがんまりとてぃ うぃなぐんまりとてぃ かなさねんむぬや ただぬふぁがら
wikiga Nmaritoti winagu Nmaritoti kanasa neN munu ya tada nu hwagara
男に生まれていても女に生まれていても愛のない者はただの葉のくずだ
語句・うぃきが 男。「いぃきが yikiga」とも発音。・うぃなぐ 女。大和語の「おなご」に対応。



解説

饒辺愛子 (よへんあいこ)氏が歌って大ヒットした戦後歌謡曲。

肝がなさ節

作詞の「とりみとり」は民謡グループ「フォーシスターズ」の伊波みどり氏のペンネーム。

若さる時ね肌がなさ 年重び重び肝ぬかなさ
(わかさるとぅちねーはだがなさ とぅしかさびかさびちむぬかなさ)
〇若い時には肌の温もりを求める愛 年を重ねるほどに真心の愛になっていく

この沖縄の古くからのことわざ、黄金言葉(くがにくとぅば)を元に一番の歌詞がつくられ、
それを発展させる形で、とりみとり氏が歌詞を作ったものだという。


韻を踏んだ繰り返しや、なんとも大人のムードたっぷりで、真理をついた歌詞に、テンポよい普久原メロディーが心地よい。

ヤマトンチュもすぐに好きになる。
難しいウチナーグチも、覚えやすい。
しかし、意外と意味が難しい。

「肝がなさ」の訳であるが、「肌がなさ」(肌を求める愛)に対する「心を愛する」という意味もあるし、心から愛するという意味もあるだろう。
いずれにしても、「真心の愛」という訳にした。


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Posted by たる一 at 00:51│Comments(24)た行
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肝がなさ節CHIMU−GANASA−BUSIここのところ頑張って取り組んでいる課題曲「肝がなさ節」。作詞は、とりみどりさん。作曲は普久原恒勇さんという方で、そんなに古くから歌い継がれてきた唄...
ちむ かなさ ふし【海翁】at 2006年02月07日 13:18
この記事へのコメント
丁寧によくぞ解説してくださいました。

今、コザを旅中です。

毎日毎日、deepな体験してますが、歌三線の場所ではこの歌は必ず登場します。

この曲、今度来るまでにがんばって覚えます。
Posted by Louts55 at 2005年11月02日 01:29
Louts55さん
コメントありがとう。
コザはどの辺でしょうか。
まさか、デイゴホテルのロビーからではないでしょうね(笑)私もよく利用するものですから。

ぜひ覚えてくださいね。
Posted by たるー at 2005年11月02日 06:36
訂正です。

二、肝や肝しちどもてなしんさびる 誠肝 我肝 里がままに

の訳で「しちどぅ」を「でもって」と訳していましたが、
正確には「好きこそ」です。

心は心好きこそ 御もてなしいたします。
これが直訳。
「心は心から愛してくだされば、御もてなしします。」というような意味になる。

上の訳も訂正しました。
Posted by たるー at 2005年12月10日 10:09
『肝がなさらや...』以下は気分的には、「これは恋だろうかね、愛だろうかね、」といった感じですかね。でも品が、この日本語だととんでしまうなあ。
Posted by gabaizu at 2005年12月10日 21:54
gabaizuさんコメントありがとうございます。
うちなー民謡は本土方言に直すとその言葉にある雰囲気、香り、味が抜けてしまうように思います。

それで似たような言葉を捜してあてはめようとするのですが、そこで落とし穴があるように思います。

たとえば、チムという言葉も完全にあてはまる言葉すらないのです。もう私たちはその言葉そのものを覚えるしかないのだと思います。

そして、あてはまらないのなら意訳しないほうがよいのではないかと私は思います。それが直訳主義と私が呼んでいる方法です。
(タネモリ氏の本がそういう方法なのです)
Posted by たるー at 2005年12月11日 08:44
 何というか、私は日本語を知らないってことですね。沖縄語の風格や折り畳まれている感情を受ける感性からして、問題あるかも。
 心を正して、三線弾かないといけないという自戒の念をこめて毎日読ませていただいています。三線を始めた頃は、毎日が違って見えたはずだったのに最近ではダレきってますから反省しきりです。
 初心忘るるべからず、ですね。
がんばりましょう。
Posted by gabaizu at 2005年12月11日 22:34
gabaizuさん ありがとうございます。
私も気持ち正して、訳にとりくみます。
もちろん唄三線も。

間違いもあると思います。それをおそれず、間違えたら訂正しつつ前に進みます。
昨日沖縄の師匠との稽古があり、師匠もウチナーグチの話題をされていました。
真似からはいって、裏づけを持った理解が大事だと思います。
Posted by たるー at 2005年12月12日 11:09
はじめまして。海翁といいます。いつも参考にさせていただいております。

記事を参考に日記を書きましたので、TBさせていただきました。

またよろしくお願いいたします。
Posted by 海翁 at 2006年02月07日 13:21
海翁さん
はじめまして。
参考にしていただいて嬉しい限りです。
ただし、私のは直訳主義。
妄想は厳禁・・いや冗談です。
それぞれの妄想をどんどん広げて自分なりの解釈をされるのはまったく自由です。そうだから民謡は面白い。

ただ、私はその曲が作られたときの最初の思いにたどり着くなんて無理ではありますが、これまでの先人の研究で辞書というものに蓄積した知識を活用して歌の意味にすこしでも近づきたい。
妄想(失礼)や連想、想像はそれからでもいいじゃないか、という立場を師に習いました。
今後ともよろしくご活用ください。
もちろん「鵜呑み」こそ厳禁ですよ。
Posted by せきひろし(たるー) at 2006年02月07日 18:22
せきひろし(たるー)さん

参照の許可とアドバイスを頂きありがとうございます。

私は、三線も始めたばかりで、唄もまったくの素人です。

でも、唄三線をやる以上、聴衆の有無を問わず唄の内容を理解していなければ、それは単にコピーであり、自分の言葉にはなっていないと、この部分に関しては真剣に考えています。

日記に関しては面白おかしく書いている部分も多く、せきさんには少なからず不快な表現などもあることと存じますが、ひとりでも二人でも、唄の持つ意味を考えていただける、きっかけになればと考えておりますので、ご容赦いただければ幸いです。

長くなりましたが、改めまして今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by 海翁 at 2006年02月07日 22:12
ご丁寧にありがとうございます。
私は沖縄語については辞書に頼っているだけで、まだまだ駆け出しの素人です。
今後ともいろいろご意見ください。
Posted by せきひろし(たるー) at 2006年02月08日 19:07
忘年会のカラオケ用にと歌詞を探していて辿りつきました。
とても丁寧に解説されていて「なるほど」と感嘆しきりです。
琉球民謡(古典でない方)の情歌は、「王朝時代の”妻子ある男(上層階級)と遊郭の女性”(通い夫状態)」、「男と妾の女性(通い夫状態)」、「許嫁結婚」の愛を歌った物があるようなので、この唄もそうかな、と思いました。
相手の男の情の薄さに気がつきつつ、男の心が本物の愛に変わる事を願っている女性の歌なのでしょうか。
らや=(そう)でしょう? と、どちらかと言うと同意を求めるニュアンスを含んでいるかもしれませんね。
「しちょてぃ」は「し(知)っちょぉてぃ」の変化で、「知ってこそ」の意かもしれません。
また色々と参考にさせて頂きたいと思います。 さんしんがんばってくださいね。
Posted by まちゅー at 2006年11月29日 00:02
まちゅーさん
この歌の背景はよく知りません。
昔行ったコザの「なんた浜」で饒辺愛子さんが歌ったのを聞いて印象に残っています。
この店で、お客がいないときに歌わされたこともありました。
従業員がお客。でも支払いはキチッとしてました(笑)

「らや」 について

らや=ら(推量・疑問を表す ・・かしら?)+や(文末助詞の「ねえ」と同意を求める)

と思われます。おっしゃるとおりです。

「しちょてぃ」について

これは、知る=しゆん の変化だとすると
しっちょーてぃ と「っ」が脱落することはありえないのではないでしょうか。
歌の中では「長母音」が「短母音」になるということはありますが「しっちょーてぃ」などの「「っ」が略されることはないと思いますがいかがでしょうか。

またコメントをくださいね。
Posted by たるー at 2006年11月29日 00:22
大好きな民謡のひとつなので、みんながどう訳しているのか探していたら、こちらを見つけました。
この歌はいいですよね。あと、娘ジントヨーも大好きです。
私は沖縄生まれの沖縄育ちで、方言も話しますが、「心からの愛でしょうね (貴方への)思慕の愛でしょうね」の意味がどうも、方言と離れてしまっている気がします。
私の訳はこうです。(1番のみ書きます)

1)夫が愛してくれる 肌を愛してくれる
  年を重ねるたびに 心を愛してくれる
  (恋しく思うでしょう、恋人が愛おしく思うでしょう?!)

「~さらやー」とは、疑問文の形をしてますが、相手を納得させたり、確認したりする時に使います。
例;「うむっさらやー」 (おもしろいでしょう)
  「映画んちゃらやー」(映画見たでしょう)
など。
Posted by 福地 薫 at 2007年10月23日 17:47
沖縄旅行でばたばたして返信遅れました〜

福地 薫さん
コメントありがとうございます!
みなさんの貴重なご意見を参考にしながらやっていきます。
私のは直訳ですから、唄を楽しむかたは、それにご自分の思いを重ね自由に意訳をされたらよいと思います。

福地さんの意訳のほうがはるかにわかりやすくなじみやすいです。

ただ、「さとぅ」を「夫」とするのは、家族関係に限定することになってテーマを狭めませんか?
またいろいろなご意見を待ってます。
Posted by せきひろし at 2007年10月26日 08:33
まことに、勝手ながら、「肝がなさ節」の意味を
知りたい人のために、ブログからリンク貼らせていただきました。
Posted by 山川海人 at 2008年01月23日 09:59
山川海人さん
どうぞ、ご自由に。
でもお知らせいただくと嬉しいですね。
今後ともよろしく!
Posted by たるー(せきひろし) at 2008年01月25日 00:32
こんにちは、南米ボリビアのオキナワコロニアに住んでいる者です。9月の敬老会で婦人会で「肝がなさ節」を歌うことになりました。婦人たちに人気の歌です。でも、なんとなく「不倫」の歌だったらどうしようかなあと思って歌詞の意味を調べているうちにこのこを見つけました。広い意味で夫婦だけではないのかもしれませんが、いい歌ですから良かったです。方言は分かっているつもりですが、歌詞の「情けの花を咲かす夜」とはいつもと違う夜?情けの花?ってどういう意味でしょうか?単に愛に満ちた夜といった感じでいいのかしら?
変な質問ですみません。
Posted by ボリビアのセニョラです。 at 2008年08月27日 23:28
ボリビアのセニョラさん
コメントありがとうございます。

南米ボリビア、遠いところからようこそです。
おもわず地図を開いてみました。

敬老会で唄、いいことですね。

さて、「肝がなさ節」、広く男女の愛のありかたを歌った
ものだととらえていいと思いますよ。
「たいが情花・・・」の部分も、心を愛する気持ちが高くなり
「情けの花」が咲く夜、と、そのままうけとれるものだと思います。

愛に満ちた夜、いい訳だとおもいます。

敬老会、がんばってくださいね~
Posted by たるー at 2008年08月29日 05:54
歌詞や説明、本当にありがとうございます。
すごく助かりました。(イーヤンベー!!!)
外国人として三線を習っていますが、歌詞が一番難しいですね^_^
頑張ります。
まだ、勉強しにきます~!
Posted by ソリン at 2011年01月04日 12:08
ソリンさん
コメントありがとうございます。
外国人の方にも島唄のよさが伝わると嬉しいです。
勉強がんばってくださいね!
Posted by たる一たる一 at 2011年01月16日 10:38
加筆、訂正しました。
Posted by たる一たる一 at 2011年10月23日 07:00
三線初心者のforspin1993と申します。

練習して弾ける様になったらユーチューブにアップして楽しんでいます。

以前、遊び庭の時にお願いしたのですが、今回も肝がなさ節をアップするにあたり、こちらの解説をリンクさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか。

よろしくお願いいたします。
Posted by forspin1993 at 2012年05月27日 21:58
奄美三線をならっているものです。家内は奄美の出身ですが肝がなさの語句がやはり奄美の方言とは違いますので意味が余りわからずに唄っていました。有難うございました。
Posted by 川上政已 at 2017年12月10日 16:34
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