吉屋物語
ゆしや むぬがたり
yushiya munugatari
〇
吉屋(ちるー)の物語
語句・
ゆしや 吉屋チルー。 吉屋鶴とも書く。 「【吉屋鶴〔思鶴['Umi-Chiru]とも;古くは単に‘よしや’〕】(恩名ナベと並び称される)女流歌人(1650?-68?);読谷山[ユンタンザ]〔今の読谷村[よみたんそん]〕に生まれ8歳のとき那覇仲島へ遊女として身売りされ18歳で没したといわれる。」【琉辞】。
作詞 小浜 守栄
作曲 喜屋武 繁雄
一、
誰がし名付きたが吉屋言る人や 琉歌ぬ数々や代々に残て
たがしなじきたが ゆしやてぃるふぃとぅや 'うたぬかじかじやゆゆにぬくてぃ
tagashi najikita ga yushiya tiru hwitu ya 'uta nu kajikaji ya yuyu ni nukuti
〇
一体誰が名付けたのか 吉屋という人は 歌の数々を代々残して
語句・
たがし <たー 誰。 +が 疑問の助詞。 +し 強調の助詞(たとえば、文語「いちゃし」「ぬがし」のように、‘一体’くらいの意味) ・
てぃる という。
(連ね)
友小達や揃て手まいうち遊ぶ 我身や病む母ぬ御腰むむさ
どぅしぐゎやするてぃ てぃまい'うち'あしぶ わんややむふぁふぁぬ'うくしむむさ
dushigwa ya suruti timai 'uchi 'ashibu waN ya yamu hwahwa nu 'ukushi mumu sa
〇
友達は揃って手まりで遊ぶ 私は病気の母のお腰をもむよ
二、
あてなしが童家庭の困難に 女郎花に落てて行ぢゃるいたさ
'あてぃなしがわらび ちねぬくんなんに じゅりばなに'うてぃてぃ 'んじゃる'いたさ
'atinashi ga warabi chine nu kuNnaN ni juribana ni 'utiti 'Njaru 'itasa
〇
無邪気な子ども 家庭の困難のために 女郎に落ちて去って行ったよ
語句・
あてぃなし 「(思慮分別もない)無邪気な者」【琉辞】。「あてぃ」には「思慮」という意味がある。 ・
が の。・
じゅり 「娼妓[しょうぎ]、女郎」、「料理茶屋の女」【琉辞】。 「尾類」は当て字。琉球語辞典では「女郎系」ではなく九州諸方言の「ジョーリ」(料理)の影響があると見ている。「じゅりばな」ともいう。 ・
んじゃる 去る。
(連ね)
恨む比謝橋や情きねん人ぬ 我ん渡さと思て掛きてうちぇさ
'うらむふぃじゃばしやなさきねんふぃとぅぬ わんわたさとぅむてぃかきてぃうちぇさ
'uramu hwijyabashi ya nasaki neN hwitu nu waN watasa tumuti kakitiuche sa
〇
恨めしい比謝橋は情けのない人が私を渡そうと思って掛けておいたものよ
語句・
ぬ が。 ・
わたさ わたそう。
三、
女郎花に落てて行ちゅる道しがら 渡る比謝橋に恨みくみて
じゅりばなに'うてぃてぃ'いちゅるみちしがら わたるふぃじゃばしに'うらみくみてぃ
juribana ni 'utiti 'ichuru michi shigara wataru hwijabashi ni 'urami kumiti
〇
女郎に落ちて行く道すがら渡る比謝橋に恨みを込めて
(連ね)
頼む夜や更きて音沙汰んねらん 一人山ぬ端ぬ月に向かて
たぬむゆやふきてぃ'うとぅさたんねらん ふぃちゅいやまぬふぁぬちちにんかてぃ
tanumu yu ya hukiti 'utusataN neraN hwichui yama nu hwa nu chichi ni Nkati
〇
(あなたが来ると)頼む夜は更けて音沙汰もない 一人山の端の月に向かって
四、
仲島ぬ花と美らさ咲ちなぎな 詠だる琉歌数に心くみて
なかしまぬはなとぅちゅらささちなぎな ゆだる'うたかじにくくるくみてぃ
nakashi nu hana tu churasa sachinagina yudaru 'uta kaji ni kukuru kumiti
〇
仲島の花と美しく咲きながら詠んだ歌の数々に心を込めて
語句・
なかしま 「那覇市泉崎のもと海上にあった小島(に明治41年まであった遊里)」【琉辞】。 吉屋鶴はここに居たとされる。 ・
なぎな <なぎーな ・・ながら、・・なのに。 ・
うた かつては「琉歌」は「うた」と呼ばれた。
(連ね)
流りゆる水に桜花浮きて 色美らさあてどすくて見ちゃる
ながりゆるみじにさくらばな'うきてぃ 'いるじゅらさ'あてぃどぅ すくてぃんちゃる
nagariyuru miji ni sakurabana 'ukiti 'irujurasa 'atidu sukuti ncharu
〇
流れている水に桜花を浮かべて 色美しいのですくってみる
語句・
んちゃる <んーじゅん ぬーん。 見る。・・してみる。 沖縄語で「見る」は「んーじゅん」。「テレビを見る」は「テレビんーじゅん」。「みーゆん」は「見える」。 ここでは「・・してみる」。
五、
琉歌にちながりて 見染みたる里と 想い自由ならん此ぬ世しでて
'うたにちながりてぃみすみたるさとぅとぅ 'うむいじゆならんくぬゆしでぃてぃ
'uta ni chinagariti misumitaru satu tu 'umui jiyu naraN kunu yu shiditi
〇
歌に繋がれて見初めた貴方と愛は自由にならない この世に生まれて(いるのに)
語句・
しでぃてぃ 生まれて。 <しでぃゆん 孵化する。生まれる。
(連ね)
拝で拝みぶしゃ首里天加那志 遊でうちゃがゆる御茶屋御殿
'うがでぃ'うがみぶしゃ しゅいてぃんがなし 'あしでぃ'うちゃがゆる 'うちゃや'うどぅん
'ugadi 'ugamibusha shuitiNganashi 'ashidi 'uchagayuru 'uchaya'uduN
〇
お会いしてお会いしたいことよ!首里の王様 遊んで浮かび上がる御茶屋御殿
語句・
うがでぃ <うがぬん 拝む。お会いする。「会う」「見る」の謙譲語。・
うちゃがゆる <うちゃがゆん 「浮き上がる、鮮明[鮮やか]になる」【琉辞】。
六、
思い世に残す死出ぬ旅ゆいか 白骨に語る御茶屋御殿
'うむいゆにぬくす しでぃぬたびゆ'いか しらくちにかたる 'うちゃや'うどぅん
'umui yu ni nukusu shidi nu tabi yu 'ika shirakuchi ni kataru 'uchaya'uduN
〇
思いを世に残す死出の旅にいきます 白骨に語る御茶屋御殿
語句・
ゆ を。・
しらくち 白骨。