山崎ぬアブジャーマ (八重山民謡)
山崎ぬアブジャーマ
やまさき
ぃぬ'あぶじゃーま
yamsakï nu 'abuzaama
○
山崎村のおじいさん
語句・
やまさきぃ 「山崎村は黒島仲本村の東南方の海岸近くにあった村で、その周辺には『パイフタ村・ンギスク村・イリバラ村・アンカナー村・ナカモト村・サキハラ村』七ヶ村があったが、津波が襲来し、村は殆ど全滅してしまったので、生き残った人々が一ヶ所に新村を創建したのが現在の仲本部落である。」(喜舎場永珣 八重山民謡誌) ・
あぶじゃーま 「アブジと同じ」(石垣方言辞典 以下(石)と略す) アブジ 「おじいさん。おじさん。平民のそれを士族がいう時にのみ使う。『ア(吾)ウプ(大)ヂ(父)の意』という説がある(日本語の系譜)」(石)。黒島では「アブゼーマ」と歌われている。
1、
山崎ぬアブジャーマ 山端ぬ年寄れ シュラヨーイ シュラヨーイ キユスディルヨーンナ
(囃子言葉は以下略)
やまさき
ぃぬ 'あぶじゃーま やまばたぬとぅし
ぃゆれ
yamsakï nu 'abuzaama yamabata nu tushïyure
○
山崎村のおじいさん 山の側の年寄り
語句・
やまばた 山の縁。「やま」は「山林、森」の意。「はた」は「ぱた」ともいい「縁」「側」の意。
2、
御嶽ぬ後ぬ んぎしゃーま うりが隣るぃぬ なびすぃけ
'おんぬくし
ぃぬ 'んぎしゃーま 'うりがとぅなり
ぃぬなびし
ぃけ
'oN nu kushï nu 'Ngishaama 'uri ga tunarï nu nabishïke
○
御嶽の後ろのンギシャーマ(という名前の女) その隣のナビシケ(という名前の女)
語句・
おん 「御嶽。神を祀った聖地。神社。『拝(おが)み』の転訛」(石)。
3、
あんだぎなーぬ大工ぬ子ぬ うり程ぬ 司ぬ子ぬ
'あんだぎなーぬだいぐぬふぁーぬ 'うりふどぅぬち
ぃかさぬふぁーぬ
'aNdaginaa nu daigu nu hwaa nu 'urihudu nu chïkasa nu hwaa nu
○
あれほどの大工の子が それほどの神女の子が
語句・
ちぃかさ 「神事を司る人。多く農民の女がなる。」(石)。 ・
だいぐ 「大工の棟梁。棟梁の下にいる大工には『サイフ』という」(石)。 ・
ぬ が。 「主格をあらわす『が』にあたる」(石)。
4、
アブジャーマに すぃかされ 年寄りゃーに だまされ
'あぶじゃーまにし
ぃかされ とぅし
ぃゆりゃーにだまされ
'abushaama ni shïkasare tushïyuryaa ni damasare
○
おじいさんに騙されて 年寄りにだまされて
語句・
しぃかされ <し
ぃかし
ぃん ①子どもをあやす。②宥める③おだてる④軽く騙す。
5、
なゆぬ故どぅ すぃかさりだ いきゃぬつぃにゃんどぅ だまさりだ
なゆぬゆんどぅし
ぃかさりだ 'いきゃぬち
ぃにゃんどぅ だまさりだ
nayu nu yuN du shïkasarida 'ikya nu chïnyaN du damasarida
○
どういう理由でだまされた(か) いかなる(理由 不明)でだまされた(か)
語句・
ゆん 単独では辞書(石)にみあたらないが「ゆんから」(ゆえに)の「ゆん」であろう。 ・
つぃにゃん 不明。これも辞書にない。しかし対句なので「ゆん」と同義ではあろう。「つ
ぃな」は「綱」「一升枡」「幼稚な」などの意味がある。
6、
トゥンナふくぃぬ故んどぅ ンガナびつぃぬつぃにゃんどぅ
とぅんなふき
ぃぬゆやんどぅ 'んがなびち
ぃぬち
ぃにゃんどぅ
tuNna hukï nu yu yaN du 'Ngana bichï nu chïnyaN du
○
トゥン菜の芽の故でこそ ニガナの芯の故でこそ
語句・
とぅんな 「アキノノゲシでキク科植物」(八重山の古典民謡集)。 ・
ふくぃ 「芽。茎。」(石)。・
んがな ニガナ。「(植)ホソバワダン。胃の薬として煮て食べたり、生の汁を飲んだりした」(石)。・
びちぃ 「草木の心(しん)。」(石)。「びっち
ぃ」とも言う。こちらには「新芽を出す前の筆のようなもの」という意もある。
7、
敷寝てぃるむぬや 蓑傘敷寝ばし枕てぃるむぬや ぴらつぃか枕ばし
し
ぃき
ぃにてぃるむぬや みぬかさし
ぃき
ぃにばし まくらてぃるむぬや ぴらち
ぃかまくらばし
shïkï nitiru munu ya minokasa shïkï nibashi makura tiru munu ya piratsïka makura bashi
○
敷き寝ているものはミノカサで寝ている 枕にしているものは ヘラの柄を枕にして
語句・
ぴらつぃか 「ぴら」は「へら。平たく細長い鉄でつくり、草をとったり、浅く耕すのに使う農具。箆(へら)の意。」(石)。
8、
すぃかされぬ にたさ だまされぬ辛さ
し
ぃかさりぬ にたさ だまさりぬ ちらさ
shïkasarinu nitasa damasarinu chisrasa
○
騙されたことの恨めしさよ!騙されたことの辛さよ!
語句・
にたさ<にたさーん 妬ましい。恨めしい。
9.
んぎしゃーまや 家ぬ妻 なびすぃけや妾
'んぎしゃーまや やぬとぅじ
ぃ やぬとぅじ
ぃ なび
ぃし
ぃけや みやらび
'Ngishaama ya tujï ya nu tujï nabïshïke ya miyarabi
○
ンギシャーマは(じいさんの)家の妻 ナビシケは妾
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安里孫賢(1790 1849)が黒島目差を勤めていたときの作詞、作曲。
八重山民謡誌(喜舎場永珣)から
「山崎村は黒島仲本村の東南方の海岸近くにあった村で、その周辺には『パイフタ村・ンギスク村・イリバラ村・アンカナー村・ナカモト村・サキハラ村』七ヶ村があったが、津波が襲来し、村は殆ど全滅してしまったので、生き残った人々が一ヶ所に新村を創建したのが現在の仲本部落である。『アブジャーマ爺』の家は『南フタ御嶽』の北側にあったと伝えられている。『トゥン菜フクイ』は『秋のノゲシ』である。『ンガナ』は『ホソバボタン』のことである。ンギシャーマ女とナビスィケ女両家で、爺を捕らえて蔵元へ訴えたところ、蔵元の役人が言うには、早く黒島に帰って『ンギシャーマ』は本妻になり、『ナビスィケ』は妾になれと命じられたとおもしろ、おかしく最後には歌われている。『1829年』黒島の目差役職の時に『安里孫賢』が作られたと言い伝えられている。」
したがって唄の意訳は
一、山崎村の爺さん 御嶽の側に住む年寄り
二、御嶽の後ろに住むアブジャーマという娘 その隣に住むナビスィケという娘
三、あれほどの大工の娘が、それほどの神女の娘が
四、爺さんにだまされ、年寄りにだまされて
五、どういう理由でだまされたかというと、いかに騙したのかというと
六、トゥン菜の芽をわたされて ニガナの芯をもらって
七、(爺さんの家で二人は)ミノカサを敷いて寝ている 枕はヘラの柄
八、二人は騙された憎らしさ、騙された辛さで訴えたが
九、(役人は)ンギシャーマは本妻になれ、と。ナビスィケには妾になれと、命じた。
こんな感じになる。
黒島で生まれ、黒島の方言でつくられただろうから石垣方言辞典では歯が立たない部分がすこしある。
3番は「うり程」が「くり程」となっている歌詞もある。
また、「おん」が「拝み」からの転訛について石垣方言辞典から。
ウガミ('ugami)→ウガン('ugaN)→(g音脱落)→ウアン('uaN)→オン('on)
「トゥン菜」であるが、
アキノノゲシの仲間。上では「秋のノゲシ」と記されている。
「ンガナ」はいわゆる「ニガナ」であるが、本土の「ニガナ」とは違う「
ホソバワダン」というキク科の種類。
いったいどのようにして、この野菜で年寄りアブジャーマが娘をだましたのか、それは不明。
三線は早弾きもあり、二拍子のゾメキ唄にもなるユーモラスで賑やかな曲。
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