2005年12月06日
二見情話
二見情話
ふたみじょうわ
hutami joowa
語句・ふたみ 沖縄県名護市の東海岸にある地名。
作 照屋朝敏
(男)二見美童やだんじゅ肝美らさ海山の眺め他所に勝てよ
ふたみみやらびや だんじゅちむじゅらさ 'うみやまぬながみ ゆすにまさてぃよ
hutami miyarabi ya daNju chimujurasa 'umiyama nu nagami yusu ni masati yoo
◯二見の美しい娘は なるほど心清らかなことよ! 海山の眺めは他所に勝っていて
語句・だんじゅ 「げにこそ、いかにも、なるほど」【琉辞】。・よ この「よ」は、囃子言葉として末尾にある。琉歌としては、この「よ」を入れると字余りになる。
(女)二見村嫁や ないぶしゃやあしが辺野古崎坂の上い下いよ
ふたみむらゆみや ないぶしゃや 'あしが ふぃぬくざち ふぃらぬ ぬぶいくだいよ
hutamimurayumi ya naibusha ya 'ashiga hwinukuzachi hwira nu nubui kudai yoo
◯二見村の嫁にはなりたいが辺野古崎の坂の上がり下り(は大変だ)
語句・ないぶしゃやあしが なりたいが。<なゆん なる。→ない。+ぶしゃん したい。+や は。+あ あん。ある。+しが けれども。・ぬぶいくだい 上り下り。辺野古岳に這うようにある道の勾配がきつい様子をいっている。
(男)行逢たしや久志小
'いちゃたしやくしぐゎ
'ichatashi ya kushigwaa
◯出会ったのは久志
語句 ・いちゃたしや 出会ったのは。<いちゃゆん 出会う。過去形→いちゃた。+し 前の動詞を名詞化。この後の「かたたし」「かゆたし」も同じ用法。
(女)語たしや辺野古
かたたしやふぃぬく
katatashi ya hwinuku
○語ったのは辺野古
(男)思て通たしや 花の二見よ
'うむてぃかゆたしや はなぬふたみよ
'umuti kayutashi ya hana nu hutami yoo
◯恋して通ったのは美しい二見
語句・うむてぃ 恋して。・はなぬ 「はな」には植物の「花」以外に「華やかな」の意味を含ませて、よく琉歌でつかわれる。いわゆる「遊郭」や「遊女」という意味から「美しい」「毛遊びが盛んな土地」など。
(男)待ちかにて居たる首里上いやしが
まちかにてぃうたるしゅいぬぶいやしが
machikaniti wutaru shui nubui yashiga
◯待ち兼ねていた首里への帰還だが
語句・まちかにてぃ 待ちかねて。口語では「まちかんてぃ」。<まちゅん 待つ。+かにゆん かねる。
(女)出ぢ立ちゅる際や別れぐりしゃよ
'んじたちゅるち わや わかりぐりしゃよー
'Njitachuru chiwa ya wakari gurisha yoo
◯旅立つ時は別れにくいねえ
語句・んじたちゅる 旅立つ。<んじゆん 出る。 +たちゅる。発つ。・ぐりしゃ ・・しにくい。<ぐりしゃん ・・しにくい。「くりしゃん 苦しい」からきている。
(男)行かい
'いかい
'ikai
◯行くよ(行ってくるよ)
語句・い <いー 「〔同輩・目下への親しみを込めた文末助動詞〕よ、ねえ。〔未然形につく〕」たとえば「kooran 'uka ii」(買わないでおこうよねぇ)。【琉辞】。
(女)行ぢ来よと 交わす云言葉や
'んじくーよーとぅ かわす'いくとぅばや
'Njikuuyoo tu kawasu 'ikutuba ya
◯いってきなさい と交わす言葉は
語句・んじくーよー 行ってきなさい。<んじゆん 出る。 +ちゅーん 行く。の命令形。くー +よー 呼びかけ。・いくとぅば 言葉。「云」と書かれている「い」については、「'i-(<'yuN)は格調を整える接頭辞」【琉辞】。
(男)ぬがし肝内に思い残ちよ
ぬがしちむ'うちに'うむいぬくちよー
nugashi chimu 'uchi ni 'umui nukuchi yoo
◯どうして心中に思いを残すのか
語句・ぬがし どうして。いかに。 「nuu+ga+〔強意助動詞〕si」【琉辞】。
(男女)戦場ぬ哀れ 何時か忘りゆら 忘りがたなさや 花の二見よ
'いくさばぬ'あわり'いちか わしりゆら わしりがたなさや はなぬ ふたみよ
'ikusa baa nu 'awari 'ichi ka washiriyura washiri gatanasa ya hana nu hutami yoo
◯戦さの時の哀しみはいつかわすれるだろう 忘れられないのは美しい二見だ
語句・いくさば 戦争の時。「ば」は「ばー」(場合、時)の意味。「戦場」と当て字がしてあるが「戦時」のほうが適当。・いちか わしりゆら <いち 何時。+か 疑問 「いつか?」 +わしりゆん 文語で「忘れる」。多くの歌詞が「いちが」となっているが名護市の歌碑にある作者直筆の歌詞には「いちか」となっている。
沖縄戦で沖縄北部に避難していた照屋朝敏氏が お世話になった二見の自然と人情を讃えて作ったとされている。
私も何度か足を運んだ二見だが人情も自然も歌の通りだと実感する。
絶滅危惧種ジュゴンが棲息する美しい海に、さらに沖縄に負担を押し付ける米軍基地を建設する動きがある。
この「二見情話」を歌う度に胸が痛くなる。
「戦ばーの哀り」を日本人は忘れ、面倒なものは黙って押し付けていてよいのだろうか。
曲は当時流行った古賀メロディーによく似ていて、本調子で五、中 、老を♭(フラット半音下がり)で弾く。
ウチナー民謡ではめずらしいヤマト調の曲調である。
男女の掛け合いで歌う楽しさもあるからか、民謡酒場やカラオケでは定番になっている。
もちろんヤマトゥンチュでも好きな方は多い。
歌碑は、二見公民館(沖縄県名護市二見227)にある。

入り口の石碑。

▲立派な歌碑。
この歌が地元の方々にも深く愛されていることがよくわかる。

▲歌詞の5番に注目して欲しい。
「いちが」ではなく、「いちか」である。

▲歌が生まれた背景の説明。

▲大浦湾から辺野古崎。この左の先に新基地が作られようとしている。
世界に誇れる海を子どもや孫に残すのか、それを潰して戦のための軍事基地を残すのか。
私たちは今真剣に考える時ではないか。
【このブログが本になりました!】

書籍【たるーの島唄まじめな研究】のご購入はこちら
ふたみじょうわ
hutami joowa
語句・ふたみ 沖縄県名護市の東海岸にある地名。
作 照屋朝敏
(男)二見美童やだんじゅ肝美らさ海山の眺め他所に勝てよ
ふたみみやらびや だんじゅちむじゅらさ 'うみやまぬながみ ゆすにまさてぃよ
hutami miyarabi ya daNju chimujurasa 'umiyama nu nagami yusu ni masati yoo
◯二見の美しい娘は なるほど心清らかなことよ! 海山の眺めは他所に勝っていて
語句・だんじゅ 「げにこそ、いかにも、なるほど」【琉辞】。・よ この「よ」は、囃子言葉として末尾にある。琉歌としては、この「よ」を入れると字余りになる。
(女)二見村嫁や ないぶしゃやあしが辺野古崎坂の上い下いよ
ふたみむらゆみや ないぶしゃや 'あしが ふぃぬくざち ふぃらぬ ぬぶいくだいよ
hutamimurayumi ya naibusha ya 'ashiga hwinukuzachi hwira nu nubui kudai yoo
◯二見村の嫁にはなりたいが辺野古崎の坂の上がり下り(は大変だ)
語句・ないぶしゃやあしが なりたいが。<なゆん なる。→ない。+ぶしゃん したい。+や は。+あ あん。ある。+しが けれども。・ぬぶいくだい 上り下り。辺野古岳に這うようにある道の勾配がきつい様子をいっている。
(男)行逢たしや久志小
'いちゃたしやくしぐゎ
'ichatashi ya kushigwaa
◯出会ったのは久志
語句 ・いちゃたしや 出会ったのは。<いちゃゆん 出会う。過去形→いちゃた。+し 前の動詞を名詞化。この後の「かたたし」「かゆたし」も同じ用法。
(女)語たしや辺野古
かたたしやふぃぬく
katatashi ya hwinuku
○語ったのは辺野古
(男)思て通たしや 花の二見よ
'うむてぃかゆたしや はなぬふたみよ
'umuti kayutashi ya hana nu hutami yoo
◯恋して通ったのは美しい二見
語句・うむてぃ 恋して。・はなぬ 「はな」には植物の「花」以外に「華やかな」の意味を含ませて、よく琉歌でつかわれる。いわゆる「遊郭」や「遊女」という意味から「美しい」「毛遊びが盛んな土地」など。
(男)待ちかにて居たる首里上いやしが
まちかにてぃうたるしゅいぬぶいやしが
machikaniti wutaru shui nubui yashiga
◯待ち兼ねていた首里への帰還だが
語句・まちかにてぃ 待ちかねて。口語では「まちかんてぃ」。<まちゅん 待つ。+かにゆん かねる。
(女)出ぢ立ちゅる際や別れぐりしゃよ
'んじたちゅるち わや わかりぐりしゃよー
'Njitachuru chiwa ya wakari gurisha yoo
◯旅立つ時は別れにくいねえ
語句・んじたちゅる 旅立つ。<んじゆん 出る。 +たちゅる。発つ。・ぐりしゃ ・・しにくい。<ぐりしゃん ・・しにくい。「くりしゃん 苦しい」からきている。
(男)行かい
'いかい
'ikai
◯行くよ(行ってくるよ)
語句・い <いー 「〔同輩・目下への親しみを込めた文末助動詞〕よ、ねえ。〔未然形につく〕」たとえば「kooran 'uka ii」(買わないでおこうよねぇ)。【琉辞】。
(女)行ぢ来よと 交わす云言葉や
'んじくーよーとぅ かわす'いくとぅばや
'Njikuuyoo tu kawasu 'ikutuba ya
◯いってきなさい と交わす言葉は
語句・んじくーよー 行ってきなさい。<んじゆん 出る。 +ちゅーん 行く。の命令形。くー +よー 呼びかけ。・いくとぅば 言葉。「云」と書かれている「い」については、「'i-(<'yuN)は格調を整える接頭辞」【琉辞】。
(男)ぬがし肝内に思い残ちよ
ぬがしちむ'うちに'うむいぬくちよー
nugashi chimu 'uchi ni 'umui nukuchi yoo
◯どうして心中に思いを残すのか
語句・ぬがし どうして。いかに。 「nuu+ga+〔強意助動詞〕si」【琉辞】。
(男女)戦場ぬ哀れ 何時か忘りゆら 忘りがたなさや 花の二見よ
'いくさばぬ'あわり'いちか わしりゆら わしりがたなさや はなぬ ふたみよ
'ikusa baa nu 'awari 'ichi ka washiriyura washiri gatanasa ya hana nu hutami yoo
◯戦さの時の哀しみはいつかわすれるだろう 忘れられないのは美しい二見だ
語句・いくさば 戦争の時。「ば」は「ばー」(場合、時)の意味。「戦場」と当て字がしてあるが「戦時」のほうが適当。・いちか わしりゆら <いち 何時。+か 疑問 「いつか?」 +わしりゆん 文語で「忘れる」。多くの歌詞が「いちが」となっているが名護市の歌碑にある作者直筆の歌詞には「いちか」となっている。
沖縄戦で沖縄北部に避難していた照屋朝敏氏が お世話になった二見の自然と人情を讃えて作ったとされている。
私も何度か足を運んだ二見だが人情も自然も歌の通りだと実感する。
絶滅危惧種ジュゴンが棲息する美しい海に、さらに沖縄に負担を押し付ける米軍基地を建設する動きがある。
この「二見情話」を歌う度に胸が痛くなる。
「戦ばーの哀り」を日本人は忘れ、面倒なものは黙って押し付けていてよいのだろうか。
曲は当時流行った古賀メロディーによく似ていて、本調子で五、中 、老を♭(フラット半音下がり)で弾く。
ウチナー民謡ではめずらしいヤマト調の曲調である。
男女の掛け合いで歌う楽しさもあるからか、民謡酒場やカラオケでは定番になっている。
もちろんヤマトゥンチュでも好きな方は多い。
歌碑は、二見公民館(沖縄県名護市二見227)にある。

入り口の石碑。

▲立派な歌碑。
この歌が地元の方々にも深く愛されていることがよくわかる。

▲歌詞の5番に注目して欲しい。
「いちが」ではなく、「いちか」である。

▲歌が生まれた背景の説明。

▲大浦湾から辺野古崎。この左の先に新基地が作られようとしている。
世界に誇れる海を子どもや孫に残すのか、それを潰して戦のための軍事基地を残すのか。
私たちは今真剣に考える時ではないか。
【このブログが本になりました!】

書籍【たるーの島唄まじめな研究】のご購入はこちら
この記事へのコメント
加筆、更新しました。
Posted by たるー(せきひろし)
at 2009年06月21日 11:27

歌詞と読み、意味を知りたかったので
とても助かります♪
ありがとぅございます♪
<(_ _)>
とても助かります♪
ありがとぅございます♪
<(_ _)>
Posted by さんしん初心者 at 2012年07月09日 22:09
たる一さん
こんにちは
>曲は当時流行った古賀メロディーによく似ていて・・・ウチナー民謡ではめずらしいヤマト調の曲調である。
「古賀メロディ」のDNAを秘めたこの名曲こそ、古賀政男作曲の隠れた名曲『二見情話』そのものなのです。
日本の歌謡界に偉大な足跡を残した大作曲家・古賀政男の初期の作品に、知られていないが、『二見情話』があります。ここが重要!。
この沖縄に無い『二見情話』の哀調を帯びたメロディライン、それは藍川由美氏や、沖縄民謡の大家からも古賀メロディーに酷似してそのアレンジだとされたものとされます。でもその哀調は誰にも決して真似のできないものではないのです。
二見はすごい誇るべき文化遺産・古賀作品を持っていると思います。
「影を慕いて」〈藤山一郎〉や、「嘆きの夜曲」([関種子]と同じ80年前に作られたものです。ステレオ録音版が1975年に出ているほか、現在もCDアルバムに入っている。
(参 考)
決定盤 古賀政男全集(上) 国民的名曲のすべて ~丘を越えて~ (日本コロムビア COCP-37091-3)
DISC1 06 二見情話* / 知名定男、大城美佐子(ステレオ録音版))
http://store.shopping.yahoo.co.jp/toemifc/88092.html
《二見情話》》
作 詞 西岡水朗
補作詞 照屋朝保
作 曲 古賀政男
編 曲 佐々永治
歌 知名定男、大城美佐子(ステレオ録音版 ,1975)
(コロムビア 昭和7年)
こんにちは
>曲は当時流行った古賀メロディーによく似ていて・・・ウチナー民謡ではめずらしいヤマト調の曲調である。
「古賀メロディ」のDNAを秘めたこの名曲こそ、古賀政男作曲の隠れた名曲『二見情話』そのものなのです。
日本の歌謡界に偉大な足跡を残した大作曲家・古賀政男の初期の作品に、知られていないが、『二見情話』があります。ここが重要!。
この沖縄に無い『二見情話』の哀調を帯びたメロディライン、それは藍川由美氏や、沖縄民謡の大家からも古賀メロディーに酷似してそのアレンジだとされたものとされます。でもその哀調は誰にも決して真似のできないものではないのです。
二見はすごい誇るべき文化遺産・古賀作品を持っていると思います。
「影を慕いて」〈藤山一郎〉や、「嘆きの夜曲」([関種子]と同じ80年前に作られたものです。ステレオ録音版が1975年に出ているほか、現在もCDアルバムに入っている。
(参 考)
決定盤 古賀政男全集(上) 国民的名曲のすべて ~丘を越えて~ (日本コロムビア COCP-37091-3)
DISC1 06 二見情話* / 知名定男、大城美佐子(ステレオ録音版))
http://store.shopping.yahoo.co.jp/toemifc/88092.html
《二見情話》》
作 詞 西岡水朗
補作詞 照屋朝保
作 曲 古賀政男
編 曲 佐々永治
歌 知名定男、大城美佐子(ステレオ録音版 ,1975)
(コロムビア 昭和7年)
Posted by Tos at 2012年07月19日 22:31
はじめまして。
二見情話‥ 【戦場ぬ哀れ 何時が忘りゆら 忘りがたなさや 花の二見よ】の部分ですが、正確には【 戦場ぬ哀れ 何時か(「が」でなく、「か」が正しい)
忘りゆら 忘りがたなさや 花の二見よ】らしいです。
二見情話 大会で言ってました。
二見情話‥ 【戦場ぬ哀れ 何時が忘りゆら 忘りがたなさや 花の二見よ】の部分ですが、正確には【 戦場ぬ哀れ 何時か(「が」でなく、「か」が正しい)
忘りゆら 忘りがたなさや 花の二見よ】らしいです。
二見情話 大会で言ってました。
Posted by りか at 2013年08月11日 18:43
りかさん
ありがとうございます。
私も二見情話の歌碑を見に行き、それも存じています。
持っている歌詞のほとんどが「いちが」になっているのは、その方がウチナーグチとしてな言い易いからなのでしょうか。
歌を作られた照屋朝敏さんご本人もその除幕式にたちあわれたようですから、「いちか」が正しいのだろうと思います。
ただ、最近「本歌」というものが歌われていて、それは歌詞がかなり歌碑のものと違っているようです。それも気になっています。
(参考「歌詞集 沖縄の歌」有限会社キャンパス)
ご指摘ありがとうございます。
ありがとうございます。
私も二見情話の歌碑を見に行き、それも存じています。
持っている歌詞のほとんどが「いちが」になっているのは、その方がウチナーグチとしてな言い易いからなのでしょうか。
歌を作られた照屋朝敏さんご本人もその除幕式にたちあわれたようですから、「いちか」が正しいのだろうと思います。
ただ、最近「本歌」というものが歌われていて、それは歌詞がかなり歌碑のものと違っているようです。それも気になっています。
(参考「歌詞集 沖縄の歌」有限会社キャンパス)
ご指摘ありがとうございます。
Posted by たる一
at 2013年12月30日 09:44

こんにちは
一点誤謬を
解説で二見話情となっているところがあるみたいです
一点誤謬を
解説で二見話情となっているところがあるみたいです
Posted by 倉茂浩一 at 2022年09月06日 22:07
ご指摘ありがとうございます。
訂正しておきます。
訂正しておきます。
Posted by たる一
at 2022年09月10日 07:17

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