2012年05月01日

恨みの嵐

恨みの嵐
うらみのあらし
(標準語よみなので発音、意味省略)


作詞作曲 当銘由俊


一、かにんちりなさや 嵐世ぬなれや 一人離りとてぃあかしかにてぃ あかしかにてぃ
かにんちりなさや あらしゆぬなれや ふぃちゅいはなりとてぃ あかしかにてぃ (繰り返し。以下省略)
kaniN chirinasa ya 'arashiyu nu nare ya hwichui hanaritoti 'akashikaniti ('akashikaniti)
こんなにも辛いのは嵐の世ではあたりまえなのかね 一人離れていて(夜が)明かせない
語句・かにん かに+ん。かに「かように」【琉辞】。・なれ<なれー 「①習慣、習わし;②習い」【琉辞】。ここでは①。・あかしかにてぃ 眠ることが出来ず夜を明かすことが辛い様子。


二、哀りさみ浮世 巣なし鳥心 あきよ宿る木ん紅葉なたみ
あわりさみうちゆ しなしとぅいぐくる あきよやどぅるきんむみじなたみ
'awari sami 'uchiyu shinashi tuigukuru 'akiyo yaduru kiN mumiji natami
哀れなのだよ浮世 巣のない鳥のようだ あわれ 宿る木も紅葉してしまったか
語句・さみ 「〔強意の文末助詞〕(…なのだ)ぞ[よ]。」【琉辞】。・ぐくる <くくる。連濁により「ぐくる」。意味は「のような」「のように」。・あきよ
「あヽ、あわれ」【琉辞】。文語で使われる。


三、にぶる身ぬちらさ 哀り仮枕 夢路通わする我親ぬうすば
にぶるみぬちらさ あわりかりまくら ゆみじかゆわするわやぬうすば
niburu mi nu chirasa 'awari karimakura yumiji kayuwasuru waya nu 'usuba
寝る身の辛いことよ!哀れな仮の枕 夢で思い出す私の親のお側に居た頃を
語句・にぶる <にーぶい+すん(しゆる)融合したものと思われる。 眠る。眠くなる。


昔染みなりし我親ぬ面影や 夢に事語てぃ見してぃたぼり
んかしすみなりしわやぬうむかじや いみにくとぅかたてぃみしてぃたぼり
Nkashi suminarishi waya nu 'umukaji ya 'imi ni kutu katati michititabori
昔馴染んだ親の面影を夢で物語を語ってみせてください
語句・ をば。を。「jaは(格助詞ではなく)取り立てて強調する係助詞なので、文脈によっては『…ヲ(バ)』〔目的〕の意味にもなる。」【琉辞】。


散りてぃ根に帰る 花ん節来りば 又ん色増しゅる事んあゆら
ちりてぃににかいる はなんしちくりば またんいるましゅるくとぅんあゆら
chiriti ni ni kairu hanaN shichi kuruba mataN 'iru mashuru kutuN 'ayura
散って土に帰る花も季節が来たら又も色を増して咲くこともあるだろう
語句・ <にー 根。   続きを読む

Posted by たる一 at 10:06Comments(0)あ行

2012年04月08日

しやうんがない節

しやうんがない節
しょんがねーぶし
shoNganee bushi
◯不明


【本歌】
今日やお行逢拝で いろいろの遊び 明日や面影の 立ちゅらとめば
きゆやうぃちぇうがでぃ いるいるぬあしび あちゃやうむかじぬ たちゅらとぅみば
kiyu ya 'wicheugadi 'iruiru nu 'ashibi 'acha ya 'umukaji nu tachura tumiba
今日はお会いし色々の遊びをいたしましたが 明日は別れて面影が立つだろうと思えば(淋しいです)
語句・うぃちぇうがでぃ 「うぃーちぇー」も「うがでぃ」も同意味で「お会いする」。最高の敬意を込めて二語が連続している。・たちゅら たつだろう。・とぅみば 「と思えば」「と思うと」。


【舞踊(瓦屋節)】
月も眺めたり できやよ立戻ら 里やわが宿に 待ちゅらだいもの
ちちんながみたり でぃちゃよたちむどぅら さとぅやわがやどぅに まちゅらでむぬ
chichiN nagamitari dicha yo tachimudura satu ya waga yadu nu machura demunu
月も眺めたしさあ戻ろう あの人が私の家に待っているだろうから
語句・でぃちゃよ 「さあ(さあ)」「いざや」【琉辞】。・やどぅ 「宿」と「家」という意味があるが、普通に使う場合は後者である。・でむぬ 「だから」「なので」。


【舞踊(諸屯)】
別て面影の立たば伽めしやうれ 馴れし匂袖に移ちあむぬ
わかてぃうむかじぬ たたばとぅじみしょり なりしにうぃすでぃにうちゅちあむぬ
wakati 'umukaji nu tataba tuji mishori narishi niwi sudi ni 'uchuchi 'amunu
別れて(私の)面影が立てば 淋しいときの慰めにしてくださいな 馴染んだ匂いを袖に移しておきましたから 
  続きを読む

Posted by たる一 at 15:49Comments(0)さ行

2012年04月01日

瓦屋節

瓦屋節
からやぶし
karaya bushi
瓦屋の唄
語句・からや 「からやー」と呼ぶことも多い。昔朝鮮人陶工が瓦を焼いていた場所が「瓦屋」と呼ばれていた。那覇の湧田にあるという説などがあるが定説はない。

【舞踊】

押す風も今日や心あてさらめ雲はれて照らす月の清らさ
うすかじんきゆや くくるあてぃさらみ くむんはりてぃてぃらすちちぬちゅらさ
'usukajiN kiyu ya kukuru 'ati sarami kumuN hariti tirasu chichi nu churasa
そよ風も今日は心があるようだ 雲が晴れて照らす月の美しいことよ!
語句・うすかじ そよ風。順風。「‘押す風’と書かれるが‘薄[うす]風’と‘押し風’との混成か」【琉辞】。・さらみ ・・であろうぞ。・・ようだ。

【本歌】

瓦やつぢのぼて 真南向かて見れば 島の浦ど見ゆる 里や見らぬ
からやちじぬぶてぃ まふぇんかてぃみりば しまぬうらどぅみゆる さとぅやみらん
karaya chiji nubuti shima nu 'ura du miyuru satu ya miraN
瓦屋の丘の上に登り真南に向かって見ると 村の反対側が見えるだけであの人は見えない
語句・からやちじ 後述するように伝説に昔朝鮮人陶工が瓦を焼いていた土地の高い丘のこと。その陶工と無理やり夫婦にさせられた妻は、実は夫や家族がおり、この丘に登ってそれを偲んだという話による。  続きを読む

Posted by たる一 at 19:29Comments(0)か行

2012年03月25日

なからた節

なからた節
なからたぶし
nakarata bushi
「仲良田」の歌
語句・なからた 西表島にある水田の名前。後述のように八重山民謡の「仲良田節」から。


【舞踊曲】

できやよ押し連れて(ヨウ)眺めやり遊ば(ヨウ)今日や名に立ちゆる(ヨウ)十五夜でもの(ヨウ)
でぃちゃようしちりてぃ(よー)ながみやいあしば(よー)きゆやなにたちゅる(よー)じゅぐやでむぬ(よー)
dicha yo 'ushichiriti (yoo) nagamiyai 'ashiba (yoo) kiyu ya na ni tachuru (yoo) juguya demunu
さあ連れ立って月を眺めて遊ぼう 今日は有名な十五夜だから

【本歌】

仲良田の米もはなれつぢ粟も 稲粟のなをり みろく世果報
なからたぬまいん はなりちじあわん んにあわぬなうり みるくゆがふ
nakarata nu maiN hanari chiji 'awaN 'Nni 'awa nu nauri mirukuyugahu
仲良田の米も離れ島の丘の頂の粟も豊作 豊年の世だ


  続きを読む

Posted by たる一 at 10:46Comments(0)な行

2012年03月17日

瓦屋情話

瓦屋情話
かーらやじょうわ
kaara ya joowa
瓦屋情話


作詞作曲 滝原康盛   


一 人勝い清らしゃ 生まりたる故に色ちかんかなに見染みらりてぃ 見染みらりてぃ
ふぃとぅまさいちゅらしゃ んまりたるゆいに いるちかんかなに みすみらりてぃ みすみらりてぃ
hwitu masai churasha Nmaritaru yui ni 'iru chikaN kana ni misumirariti misumirariti
(以下繰り返しは省略)
人より美しく生まれたが故に 好きでもない方に見初められて 見初められて
語句・いるちかんかな 直訳すると「色付かない恋人」、「染まらない恋人」→「好きでもない方」。「かな」は本来「恋人」「愛する人」の意だが、ここでは愛情が伴わない結婚を表現。 


ニ めでい事寄してぃあかん生ち別り 浮世恨みとてぃ 行ちゅる苦りしゃ 
めでいくとぅゆしてぃ あかんいちわかり うちゆうらみとてぃ いちゅるぐりしゃ
medei kutu yushiti 'akaN 'ichiwakari 'uchiyu 'uramitoti 'ichuru gurisha
奉公を命じられて心残りのまま生き別れとなり 浮世を恨んでいくことの苦しいことよ!
語句・めでい 「王府へのご奉公、出仕、宮使え、公務」【琉辞】。<「旧かな‘みおやだいり’『混効験集』」【琉辞】。・ゆしてぃ <ゆしゆん 「①寄せる②忠告[助言]する」【琉辞】。ここでは「命じられて」。・あかん <あちゅん 飽きる。→あかん 連体形では「飽きない」。副詞では「飽きずに」。心残り。<飽きない。 「あかんわかり」 いまだに飽きていないのに別れなければならない様。


三 あだし世ぬ中ぬ 無情ぬあだ花や朝夕ちみらりてぃ 胸や焦がり
あだしゆぬなかぬ むじょぬあだばなや あさゆちみらりてぃ んにやくがり
'adashi yu nu naka nu mujoo nu 'adabana ya 'asayu chimirariti Nni ya kugari
恨む世の中で情けもない徒(あだ)花は毎日閉じ込められて胸は焦がれて
語句・あだし 徒(あだ)のある、つまり「恨みのある」。・ちみらりてぃ <ちみゆん つぃみゆん 詰められて。閉じ込められる、幽閉される意味。


四 我胴や瓦屋村 肝や里御側忘てぃ忘ららん里が情き 
わどぅやからやむら ちむやさとぅうすば わしてぃわしららん さとぅがなさき
wa du ya karayamura chimu ya satu usuba washiti washiraraN satu ga nasaki
わが身は瓦屋村、心は貴方のお側 忘れても忘れられない貴方の真心
語句・わどぅ わが身。「どぅ」(「胴」の当て字)は体。


五 瓦屋頂登てぃ 真南向かてぃ見りば島浦どぅ見ゆる里や見らん 
からやちじぬぶてぃ まふぇんかてぃみりば しまうらどぅみゆる さとぅやみらん
kaaraya chiji nubuti mahwe Nkati miriba shima 'ura du miyuru satu ya miraN
瓦屋の丘に登って南に向かってみると村の反対側だけが見えて貴方は見えない
語句・からやちじ 瓦屋村で一番高い丘。
  続きを読む

Posted by たる一 at 09:37Comments(0)か行

2012年03月11日

島情話

島情話
しまじょうわ
shima jyoowa
島情話
語句・しま この唄では「伊江島」が舞台となっている。「しま」はウチナーグチで「村」「故郷」「島」などの意味があり「村」の意味に使われることが多い。


作詞 作曲/松田 弘一 

一 染みなちゃる里が生まり島伊江島 志情きゆ頼てぃ渡てぃ来ゃしが
すみなちゃるさとぅがんまりじまいーじま しなさきゆたゆてぃわたてぃちゃしが
suminacharu satu ga 'Nmari jima 'iijima shinasaki yu tatiti watati chashiga
心寄せたあの方の生まれた里伊江島 情けを当てにして渡って来たけれど
語句・すみなちゃる 「染める」という意味の「すみゆん」から。<すみなしゅん  染め馴れる、つまり心を寄せる関係のこと。  を。本来沖縄語の口語では「を」を用いないが、琉歌などの文語ではよく使われることがある。


二 島村ぬ屋敷 尋にやい来りば 里や肝変わてぃ すそんすゆみ
しまむらぬやしち たずにやいくりば さとぅやちむかわてぃ すそんしゆみ
shimamura nu yashichi tazuniyai kuriba satu ya chimu kawati susoN suyumi
村のお家を訪ねて来ると あの方は心変わりして私を粗末にできるのかしら
語句・すそん <すそー。「粗略」【琉辞】。すそーん。「粗末にするさま」【琉辞】。


三 夫婦ならんでぃぬ 云語れやさしが 振り捨てぃてぃ行きば 我んや如何すが
みーとぅならんでぃぬ いかたれやさしが ふりしてぃてぃいきば わんやちゃすが
miitu naraNdi nu 'ikataree ya sashiga hurishititi 'ikiba waN ya chasuga
夫婦になろうといって将来を語ったのに 私を振り捨てて行くのなら私はどうするのか


四 誰に語らりが 誰に頼らりが 船頭主に 事ゆ語てぃ
たるにかたらりが たるにたゆらりが しんどーすーに くとぅゆかたてぃ
taru ni katarari ga taru ni tayurari ga shidoo suu ni kutu yu katati
誰に語ることができようか 誰を頼りにできようか 船頭主に事情を語って
語句・ ・・かしら。・・ようか。疑問の係助詞で、自問文のなかで「疑問箇所を強調する文中助詞」【琉辞】。


五 白玉ぬ露とぅ 散り果てぃる心 城山登れ 涙びけい
しらたまぬちゆとぅ ちりはてぃてぃるくくる ぐしくやまぶぶれ なみだびけい
shiratama nu chiyu tu chirihatiru kukuru gushikuyama nuburee namida bikei
死んで白玉の露のように散り果てる心 城山を登ると涙ばかりこぼれて
語句・ぬぶれ 登ると。登れば。<ぬぶれー <ぬぶゆん 登る。ぬぶり(已然形)+わ(ば)が融合したもの。・びけい ばかり。「びかーん」「びけーん」などという場合もある。「びけい」は文語。 


六 戻る道ねらん 肝ん肝ならん 慣りん他所島ぬ 土がなゆら
むどぅるみちねらん ちむんちむならん なりんゆすじまぬ ちちがなゆら
muduru michi neeraN chimuN chimu naraN nariN yusu jima nu chichi ga nayura
戻る道もない 心もボロボロで 慣れない他所の村の土になるのかしら
語句・ちむんちむならん 直訳では「心も心にならない」。「心」すなわち精神が全く安定しない、「ぼろぼろ」の状態。よく使われる。・ちちがなゆら 死んで土になるのかしら。
  続きを読む

Posted by たる一 at 11:20Comments(0)さ行

2012年02月04日

世宝節 2

世宝節
ゆたからぶし
yutakara bushi

作詞・作曲 普久原朝喜


一、苦しみぬあてぃん胸内にとぅみてぃ(ヨ)他人に語るなよ 世界や嵐(ジントーヨ 世界や嵐)
くるしみぬあてぃん んにうちにとぅみてぃ(よ)ゆすにかたるなよ しけやあらし(じんとーよ しけやあらし)
kurushi nu 'atiN Nni'uchi ni tumiti (yoo) yusu ni kataruna yo sike ya 'arashi (jiNtoo yoo shike ya 'arashi)
〔括弧は以下省略〕
苦しみがあっても胸の中にとめて他人に語るなよ 世界は嵐のように厳しいのだから(そうだね 世界は嵐だ)
語句・んにうち 胸の中。・しけ 世界。<しけー 世界。「sekai」の三母音化(e→i, ai→ee)。ちなみに「世間」は「しきん」(shikiN)。意味はほぼ同じように使われるが、「しけ」に「世間」の当て字がふられることがあり、若干混乱もある。 


二、苦しみぬ水ん飲でぃぬ後からどぅ 楽しみぬ水ん味ん知ゆる
くるしみぬみじんぬでぃぬあとぅからどぅ たぬしみぬみじんあじしゆる
kurushi nu mijiN nudi nu 'atu kara du tanushimi nu mijiN 'aji shiyuru
苦しみの水も飲んで後からこそ楽しみの水も味を知ることができる


三、宝玉やてぃん磨かにや錆びす 朝夕肝磨き 浮世渡り
たからだまやてぃんみがかにやさびす あさゆちむみがきうちゆわたり
takaradama yatiN migani ya sabisu 'asayu chimu migaki 'uchiyu watari
宝石であっても磨かなければ錆びさせる 一日中心を磨いて浮世を渡れ
語句・わたり 渡れ。「わたゆん」(わたる)の命令形。・うちゆ 浮世。「浮世」は本土でも時代によって意味合いが変化してきた。平安時代は「憂世」(憂うべき辛い世)、仏教伝来後は「はかない世」、江戸時代には「浮世絵」のように「当世の」「好色な」。(参考;【語源由来辞典】)沖縄民謡では江戸時代以前の「憂世」「はかない世」の意味合いが多く使われているようだ。


四、嵐声ぬあてぃん心落てぃ着きてぃ互に 和談そてぃ浮世渡り
あらしぐぃぬあてぃんくくるうてぃちきてぃたげに わだんそてぃうちゆわたり
'arashigwi nu 'atiN kukuru 'utichikiti tage ni wadaN soti 'uchiyu watari
厳しい声があっても心落ちつけて互いに仲良く話し合い浮世を渡れ
語句・あらしぐぃ <あらしぐぃー 'arashigwii 「【嵐(荒らし)声】悪い知らせ」【琉球語辞典】。「あらし」には「嵐」(あらし)と「争い」(あらしー)の意味がある。ここでは「悪い知らせ」というよりは「争い」の意味合いが含まれているように思う。・わだん「【和談(和合)】仲良く話合うこと」【琉球語辞典】。


五、誠する人ぬ後や何時までぃん 沙汰残てぃ人ぬ手本なゆさ
まくとぅするふぃとぅやあとぅやいちまでぃん さたぬくてぃふぃとぅぬてぃふんなゆさ
makutu suru hwitu ya 'atu ya 'ichimadiN sata nukuti hwitu nu tihuN nayusa
誠実を貫く人は後世いつまでも噂が残って人の手本になるよ
語句・あとぅ 「①将来②次③子孫」(参考【沖縄語辞典】。「後世」の意味がある。・さた「沙汰。うわさ。また、評判」【沖縄語辞典】。   続きを読む

Posted by たる一 at 09:26Comments(2)や行

2012年01月21日

四季の喜び

四季の喜び
しきのよろこび
(発音省略・・戦後に作られた唄には大和口で詠む題名も少なくない)

作詞作曲 小浜守栄


一、春や野山ん緑葉ぬ 色さしすいてぃ花ぬ数 遊び戯る綾蝶々 さてぃむ面白や(さてぃむ面白やスリヨ)
はるやぬやまん みどぅりばぬ いるさしすいてぃはなぬかじ あしびたわむるあやはびる さてぃむうむしるや (さてぃむうむしるやすりよ)
haru ya nuyamaN miduriba nu 'iru sashisuiti hana nu kaji 'ashibi tawamuru 'ayahabiru satimu 'umushiru ya (satimu 'umushiruya suri yoo)
〔括弧は繰り返しと囃子言葉なので以下省略〕
春は野山も緑葉が色さし添えて花が多く咲いて遊び戯れる美しい蝶々が実に面白いね
語句・さしすいてぃ 辞書では見つからない語句。おそらく「さし」+「添える」(すいゆん)。 標準語の「差し添える」。「緑葉が色を差し添えて」くらいの意味だろう。・あやはびる <あや 美しい。+はびる 蝶。現代では「はべる」だが古語では「はびる」「はびら」ともいう。 


ニ、夏や小川ぬ流り辺に 涼さ求みる童ん達が 飛びゆ跳ゆる笑い声ぬ さてぃむ楽しみや
なちやうがわぬながりびに しださむとぅみるわらんちゃが とぅびゆはにゆるわらいぐぃぬ さてぃむたぬしみや
nachi ya 'ugawa nu nagaribi ni shidasa mutumiru waraNcha ga tubi yu haniyuru warai gwi nu satimu tanushimi ya
夏は小川の流れる川べりに涼しさを求める子供たちが飛んだり跳ねたりする笑い声が実に楽しいね
語句・とぅびゆ 「飛ぶ」は沖縄口で「とぅぶん」。「とぅびゆ」という語句の活用は見当たらないが「飛んだり跳ねたり」くらいの意味だろう。


三、秋や野山ぬ紅葉に 咲ちゆ福ゆる菊ぬ花 色ぬ美らさや匂い秀らさ さてぃむ見事さみ
あちやぬやまぬむみじばにさちゆふくゆるちくぬはな いるぬちゅらさやにうぃしゅらさ さてぃむみぐとぅさみ
'achi ya nuyama nu mumijiba ni sachi yu hukuyuru chiku nu hana 'iru nu churasa ya niwi shurasa satimu migutusami
秋は野山の紅葉に 咲き誇る菊の花 色は美しく匂いの香り高いことよ 実に見事であるぞ
語句・むみじば 紅葉した葉。「むみじ」といっても沖縄では紅葉する植物は平均気温の関係で「櫨」以外にはほとんどない。・ふくゆる <ふくゆん 「喜ぶ」「誇る」。・しゅらさ <しゅーらーさん。しゅーらーしゃん。 「かわいい」【琉球語辞典】。ここでは匂いが「香高い」とした。・さみ ・・であるぞ。


四、冬や北風吹く海に 着ゆる着肌ん軽々とぅ 寒さに負きらん若人ぬ さてぃむ頼もしや
ふゆやにしかじふくうみに ちゆるちは(ふぁ)だんかるがるとぅ ひぃ(ふぃ)さにまきらんわかうどぅぬ さてぃむたぬむしや
huyu ya nishikaji huku 'umi nu chiyuru chihwadaN karugaru tu hwisa ni makiraN wakaudu nu satimu tanumushi ya
冬は北風吹く海に 着ている服装も軽々としている寒さに負けない若者の実に頼もしいことよ!
語句・にしかじ 北風。沖縄では「北」は「にし」と呼び、「西」は「いり」。・ちはだ 「ちふぁだ」とも発音する。・ひーさ 寒さ。「ふぃーさ」とも発音する。

 

  続きを読む

Posted by たる一 at 12:24Comments(0)さ行

2012年01月15日

ハイニセター

ハイニセター
はいにせたー
hai nisetaa
やあ(青年の)みなさん
語句・はい やあ。呼びかけの言葉。「はいさい」はそれの敬語。・にせたー 青年たち。みなさん。<にーせーたー 唄としては「にせたー」と短縮している。



(男)無蔵とぅ我が仲や 松ぬ葉ぬ如に 落てぃてぃ枯りるとぅん 二人や一道 よー無蔵よ ハイ アバ小 今どぅはちちゃんな 今日夜ながた遊び出来らさや
んぞとぅわがなかや まちぬふぁぬぐとぅに うてぃてぃかりるとぅん たいやちゅみち よーんぞよ はい あばぐゎ なまどぅはちちゃんな ちゅーゆながたあしびでぃきらさや
Nzo tu waga naka ya machi nu hwaa nu gutu ni 'utiti karirutuN tai ya chumichi yoo Nzo yoo hai 'abagwaa nama du hachichaN naa chuu yunagata 'ashibidikirasa ya
貴女と私の仲は松の葉のように落ちて枯れるとも(つながっているように)二人は同じ道だよ ねえ貴女 やあ ねえさん 今もうきちゃったのかい 今日は夜通し遊び盛り上げようね
語句・あばぐゎ <あばー 姉さん。ねえちゃん。 「小」(ぐゎー)をつけることが多い。・はちちゃんなきちゃったのかい? <はちちゅーん。 来てしまう。来ちゃう。+なー。 かい?。・ゆながた 夜通し。・でぃきらさや <でぃきゆん。 うまくいく。よくできる。成功する。→でぃきらしゅん 成功させる、うまくいかせる。未然形。「成功させよう」「成功させたい」くらいの意味になる。


(女)行逢たどい弟じゃ しちゃたどい兄じゃ ゆらてぃ物語い でぃしち遊ば よーアヒ小 ハイ アヒ小 今どぅもうちゃんな 今日夜ながた遊び出来らさや
いちゃたどぅいうとぅじゃ しちゃたどぅいしぬじゃ ゆらてぃむぬがたい でぃしちあしば よーあふぃぐゎ はい あふぃぐゎ なまどぅもーちゃんな ちゅーゆながたあしびでぃきらさや
'ichata du i 'utuja shicyata du i shinuija yurati munugatai dii shichi 'ashiba yoo 'ahwiigwaa hai 'ahwiigwaa nama du moochaN naa chuu yunagata 'ashibi dikirasa ya
出会ったぞ弟(妹)よ 出会ったね兄(姉)さん 寄り合って語り合い さあそうやって遊ぼう ねえ兄さん やあ兄さん 今もう来ちゃったのかい 今日は夜通し遊び盛り上げようね
語句・うとぅじゃ 年下である弟または妹の意味。「弟」は当て字。「うとぅじゃんだー」(兄弟姉妹たち)。・しぬじゃ 兄または姉。「【si-は〔古語〕兄[せ]か】【琉球語辞典】。現代でも沖縄では年上の人を「しーじゃ」と呼ぶ。・あふぃー 「兄、兄さん」【琉辞】。厳密には「あふぃーぐゎー」は「(一番)下の兄(さん)」【琉辞】。


(男)無蔵がゆし事ん 我ね守てぃ居むぬ 無蔵ん忘りるな 我ゆし事や よーアバ小 ハイアバ小 今どぅはちちゃんな 今日夜ながた 遊び出来らさや
んぞがゆしぐとぅん わねまむてぃうむぬ んぞんわしりるな わゆしぐとぅや よーあばぐゎ はいあばぐゎ なまどぅはちちゃんな ちゅーゆながたあしびでぃきらさや
Nzo ga yushigutuN wane mamuti umunu NzoN washiriruna waa yushigutu ya yoo 'abagwaa hai 'abagwaa namadu hachichaN naa chuu yunagata 'ashibidikirasa ya
貴女がいいつけた事も私は守っているので貴女も忘れるなよ 私のいいつける事を ねえ姉さん やあ姉さん 今もう来ちゃったのかい 今日は夜通し遊び盛り上げようね
語句・ゆしぐとぅ「教訓、助言」。ここでは「いいつけた事」くらいに訳できる。


(女)たまさかぬ今宵 鳥や歌るとぅん しばし明雲ん情あらば よー無蔵よ アネ東ん アネ明かがてぃ
たまさかぬくゆい とぅいやうたるとぅん しばしあきぐむんなさきあらば よーんぞよ あねあがりん あねあかがてぃ
tamasaka nu kuyui tui ya 'utarutuN shibashi 'akigumuN nasaki 'araba yoo Nzo yoo 'ane 'agariN 'ane 'akagati
稀にしかない今夜は鶏が鳴いてもしばし明け方の美しい雲も情けがあるならば(明けないでほしい) ねえ貴女 あら!東も あら!明るくなって
語句・たまさか 「稀(まれなこと)」【琉球語辞典】。・あきぐむ 「明け方の(美しい)雲」【琉辞】。


(男女)なあ 別やい 明日遊ばなや でぃちゃ家かい 又明日や 
なーわかやい あちゃあしばなや でぃちゃやーかい またあちゃや
naa wakayai 'acha 'ashibana ya dicha yaa kai mata 'acha ya
もう別れだね 明日遊ぼうね さあ家に帰りまた明日ね  続きを読む

Posted by たる一 at 12:06Comments(0)は行

2012年01月08日

下千鳥4

下千鳥
さぎちじゅや
sagi chijuyaa
(省略)

唄三線 嘉手苅林昌


侭ならんからど別りやい居しが何故でぃ夢しじく見してぃ(見してぃ)呉ゆが 連りなさや二人が成ちゃる仕様
ままならんからどぅ わかりやいうしが ぬよでぃいみしじくみしてぃ(みしてぃ)くぃゆが ちりなさや たいがなちゃるしじゃま
mama naraN kara du wakari yai ushiga nuyudi 'imi shijiku mishiti (mishiti) kwiyuga chirinasa ya tai ga nacharu shijama
侭ならない理由だけで別れたのに何故夢を頻繁に見せてくれるのか つれないことよ二人がなってしまった今の姿
語句・しじく 頻繁に。<しじさん sizisaN  頻繁な。・ちりなさ つれない。なさけない。よく「連れなさ」という当て字が使われている。


真夜中どぅやしが夢に起くさりてぃ今時分までぃん我沙汰(我沙汰)しらに 変わてぃ人ぬ夜半ん明かしかにてぃ
まゆなかどぅやしがいみにうくさりてぃなまじぶんまでぃんわさた(わさた)しらに かわてぃちゅぬ やふぁんあかしかにてぃ
mayunaka du yashiga 'imi ni ukusariti nama jibuN madiN wasata (wasata)shirani kawati cu nu yahwaN 'akashi kaniti
真夜中なんだが夢に起こされて 今時分まで私の噂しているの?心変わりしたあの人が夜を明かすことが辛くなって


下ぬ居てぃ上ん 成り立ちゅるたみし 下ぬねん上ぬ ぬ役立ちゅが
したぬうてぃんうぃん なりたちゅるたみし したぬねんうぃぬ ぬやくたちゅが
shita nu utiN wiN naritachuru tamishi shita nu neN wi nu nu yaku tachu ga
下が居て上も成り立つのだ。下がいなくて上がなんの役に立つか
語句・たみし 「試すこと;前例」【琉球語辞典】。<たみしゅん 試す、試みる。 前例→ 強い肯定の意味で「・・のだ」くらいに訳せる。


あたらわが沖縄 品物ぬたとぅい 取たい取らったい 上にまかち
あたらわがうちな しなむぬぬたとぅい とぅたいとぅらったい うぃーにまかち
'atara waga 'uchina shina munu nu tatui tutai turattai wii ni makachi
大切なわが沖縄 品物のようだ 取ったり取られたり 上に任せて
語句・あたら 「(文語)あたら、折角」【琉球語辞典】。大切で手が離せない、の意味。古語の「あたら」(惜しい)と共通。九州にも「あたら」「あったれー」(もったいない)という方言が使われている。


思みば身ぬ毛だち 戦世ぬ哀り またんくい戻ち あらばちゃすが
うみばみぬきだち いくさゆぬあわり またんくいむどぅち あらばちゃすが
'umiba mi nu ki dachi 'ikusa yu nu 'awari mataN kuimuduchi 'araba chasu ga
思い出せば身の毛がよだって 戦争の世またも繰り返したらどうするか
語句・くいむどぅち 繰り返し戻して。くい<くいけーしゅん 繰り返す。


ダーグに丸みらり 大舟ぬ心地 戦世ぬあわり 肝にかかてィ
だぐにまるみらり うふぶにぬくくち いくさゆぬあわり ちむにかかてぃ
dagu ni marumirari 'uhubuni nu kukuchi 'ikusa yu nu 'awari chimu ni kakati
団子に丸められ 安心して大船にのったつもり 戦世の悲しさ心に浮ぶ
語句・だぐ <だーぐ。団子。  続きを読む

Posted by たる一 at 22:36Comments(0)さ行

2011年12月25日

オーチャメ

オーチャメ
おーちゃめ
oo chame
よく言った!

作詞作曲 松田弘一


一、チャメオーチャメ昔姉小達や あまかくしかくし かくし道知らん 今ぬ姉小 チャメやくとぬーやが しみるする へい 見しれーふぃなゆみ かくするうっぺー すんどする すんどする
んかしあばぐゎたーや あまかくしかくし かくしみちしらん なまぬあんぐゎ ちゃめ やくとぅぬーやが しみるする へい みしれーふぃなゆみ かくするうっぺー すんどぅする すんどぅする
Nkashi 'abagwa ya 'ama kakushi kakushi kakushi michi shiraN nama nu 'abagwa chame yakutu nuu yaga shimiru suru hei mishiree hwinayumi kakusuru 'uppee suN du suru suN du suru
(よく言った!)昔の姉さん達はあれ隠し隠し 隠すことを知らない今の姉さん。だからなに?いいじゃないの ねえ みせろよ へるのか? かくすほどのものか?損するよ 損するよ
語句・しみるする  ・ふぃなゆみ 


二、妻ん長びれ 風ぬ如なとい すびち又見欲さ 花ぬ童 スクチなヤッチー物思まん 誰にん誰にん 手出ゃち 足ねてチャメオーチャメ
とぅじんながびれー かじぬぐとぅなとい すびちまたみぶさ はなぬわらび すくちなやっちーむのーうまん たーにん たーにん てぃーんじゃち ふぃさにてぃ ちゃめおーちゃめ
tujiN nagabiree kaji nu gutu natoi subichi mata mibusa hana nu warabi sukuhina yacchii munoo 'umaN taaniN taaniN tii 'Njachi hwisaniti chame oo chame
妻も長い付き合いで風のようになっていて また連れてあるいてみたいよ花(女郎)の娘を おかしな兄さん何かおかしくなったように誰でも誰でも手を出して 


三、我んわちゃくしちゃみ 花やりばぬやが 今までや妻ん 梅ぬ匂い やんてーヤッチー 家ど極楽 バーチー前んじ良人なり 孫しかさ ましてな ましてな
わんわちゃくしちゃみ はなぬやりば ぬやが なままでぃやとぅじん んみぬにうい やんてーやっちーやーどぅぐくらく ばーちーめーんじいいちゅなり んまがーしかさ ましてーなーましてーなー
waN wachakushichami hana nu yariba nuu ya ga nama madi ya tujiN 'Nmi nu niui yaNtee yachii yaa du gukuraku baachii mee Nji 'iicchu nari Nmagaa shikasa mashiteenaa mashiteenaa
私がいたずらしたか?花(女郎)であればどうだというんだ いままでは妻も梅の匂い そうだよ兄さん 家こそ極楽 おばさんの前では良い人になりなさい 孫をあやそう ましだよ ましだよ


四、結婚前どしちょて我身に声ゆかきみ ぬしかてぬ後に ンパどすなよや しかしぇふり者 そーんで思て 目や白黒 息ぇプープー ジビターヤッチー顔様々顔様々
にーびちめーどぅしちょてぃ わみにくぃゆかきみ ぬしかてぃぬあとぅに んぱどーすなよや しかしぇふりむん そーんでぃうむてぃ みーやしるくる いちぇーぷーぷー じびたーやっちーちらよーよー ちらよーよー
niibichimee du shichoti wami ni kwi yu kakimi mushikati nu 'atu ni 'Nma doo suna yoo ya shikashee hurimuN sooNdi 'umuti mii ya shirukuru 'ichee puupuu jibitaa yacchii chira yooyoo chira yooyoo
結婚前だと行って私に声をかけるの?ちょっと顔を出した後に嫌だっていわないでよ 臆病のばか者 付いて行くと思って目は白黒、息は荒く 下品なお兄さん困り顔、困り顔  

Posted by たる一 at 20:50Comments(0)あ行

2011年11月05日

放蕩口説

放蕩口説
ほーとーくどぅち
hootoo kuduchi
放蕩口説

作詞 小浜守栄  


一、銭と命とや右左 昔語いゆ知りなぎな 人の心のあさましや
じんとぅぬちとぅやみぎふぃじゃい んかしかたいゆしりなぎな ふぃとぅぬくくるぬあさましや
jiN tu nuchi tu ya migi hwijai Nkashi katai yu shirinagina hwitu nu kukuru nu 'asamashi ya
銭と命とは右左という昔の言葉を知りながら人の心のあさましいことよ
語句・なぎな ・・ながら。


二、うりほどかなさる親兄弟に 友人ぬ意見ぬん他人事に花の香りに引かされて
うりふどぅかなさる うやちょでに どぅしぬいちぬんゆすぐとぅにはなぬかうりにふぃかさりてぃ
'uri hudu kanasaru 'uyachode ni dushi nu 'ichinuN yusugutu ni hana nu kawuri ni hwikasariti
それほど愛している親兄弟に 友の意見もよそ事のようにして 花(女郎)の香に魅了されて
語句・ちょで 兄弟 <ちょーでー。琉歌、歌の中では長母音を短縮することがある(詩的許容という)。


三、親のゆずりの財産ぬん わがままじままに使はてて 遊び楽しみするうちに
うやぬゆじりぬ ざいさぬん わがままじままにちけはてぃてぃ あしびたぬしみするうちに
'uya nu yuziri nu zaisanuN wagamama jimama ni chikehatiti 'ashibi tanushimi suru 'uchi ni
親譲りの財産もわがまましたい放題に使い果てて遊び楽しみ呆けているうちに


四、寄いて六十の坂くれば 顔や頭に雪かみて 涙流ちよて働らちん
いいてぃるくじゅぬさかくりば かうやかしらにゆちかみてぃ なみだながちょてぃはたらちん
yiiti rukuju nu saka kuriba kawu ya kashira ni yuchi kamiti minada knagachoti hatarachiN
老いて六十の坂が来ると顔や頭に雪(白いもの)をのせて涙流して働いても


五、元の若さに戻らりみ 楽しで後のこの苦りしや 今ど知らりる我が仕様
むとぅぬわかさにむどぅらりみ たぬしでぃあとぅぬくぬくぬくりさ なまどぅしらりるわがしじゃま
mutu nu wakasa ni mudurarimi tanushidi 'atu nu kunu kurisa nama du shirariru waga shijama
元の若さには戻られまい 楽しんだ後のこの苦しさは 今になって知る自分のあり様


六、やくと世間の産子の達 親の寄せ事そむくなよ 楽しみ過ぎるな酒と色
やくとぅしきんぬなしぐゎぬちゃ うやぬゆしぐとぅすむくなよ たぬしみすぎるなさきとぅいる
だから世に生まれたすべての者達は親の言うことにそむくなよ 楽しみすぎるな酒と色
語句・やくとぅ だから。・なしぐゎ 本来は「生まれてきた自分の子供」の意味。すべての人。


七、酔いて悔やむな後悔の 先に立たん世の定め くくりて渡りよこの世間や
いいてぃくやむなこーけいぬ さきにたたんゆぬさだみ くくりてぃわたりよくぬしきん
yiiti kuyamuna kookei nu saki ni tataN yu nu sadami kukuriti watari yo kunu shikiN
酔って悔やむな後悔が先に立たない世の定め 心して渡りなさいこの世間は
語句・くくりてぃ 心して。  続きを読む

Posted by たる一 at 13:21Comments(0)は行

2011年10月16日

砂辺の浜

砂辺の浜
しなびぬはま
shinabi nu hama
砂辺の浜
語句・しなび 中頭郡北谷町砂辺。


作詞・作曲/喜屋武 繁雄 


一 砂辺浜下りてぃ 語らなや今宵 愛ぬ浜風に(シュラヨ)濡りてぃ又遊ば
しなびはまうりてぃ かたらなやくゆい あいぬはまかじに (しゅらよ)ぬりてぃまたあしば
shinabi hama uriti kataranaya kuyui 'ai nu hamakaji nu (shura yoo) nuriti mata 'ashiba
砂辺の浜におりて語りたいね今宵 愛の浜風に濡れてまた遊ぼう


二 銀色ながち 月ん照り勝てぃ 波に浮く小舟 勝てぃ又美らさ
なんじゃいるながち ちちんてぃりまさてぃ なみにうくくぶに まさてぃまたちゅらさ
naNja 'iru nagachi chichiN tiri masati nami ni 'uku kubuni masati mata churasa
銀色を流したように月もいっそう照り 波に浮く小舟もいっそうまた美しいことよ!
語句・なんじゃ 銀色。「(上質の)銀」【琉辞】。「混効験集」には「なむじゃ」とある。「なむじゃ」は「南鐐」から。「南鐐」とは、江戸時代に使われていた上質の銀で作られた硬貨「二朱銀」のこと。「銀」(ぎん)を何故「なんじゃ」と発音するかはいろいろな説がある。


三 浜風とぅ連りてぃ さざ波ぬ躍い 千鳥唄しゆる 浜や又ぬどぅか
はまかじとぅちりてぃ さざなみぬうどぅい ちどぅりうたしゆる はまやまたぬどぅか
hama kaji tu chiriti sazanami nu udui chiduri 'uta shiyuru hama ya mata nuduka
浜風と一緒にさざ波が踊り 千鳥は歌い浜はまたのどか

 
四 遊びたわふりてぃ 更きる夜ん知らん いちゃし忘りゆが 恋し砂辺浜
あしびたわふりてぃ ふきるゆんしらん いちゃしわしりゆが くいししなびはま
'ashibi tawahuriti hukiru yuN shiraN 'ichashi washiriyuga kuishi shinabihama
遊び戯れて 更けていく夜に気づかず どうして忘れることができようか 恋しい砂辺の浜
語句・たわふりてぃ 「戯〔たわぶ〕れ。口語ではganmari」【琉辞】。戯(たわむ)れ。
  

Posted by たる一 at 21:09Comments(0)さ行

2011年09月30日

幸せ列島

幸せ列島
[しあわせれっとう]
shiawase rettoo
(意味省略)


作詞 大城栄順  作曲 普久原恒勇

(標準語と思われるものは、ひらがな表記に[ ]をつけた)


一、大安吉日嘉利吉豊年 福ぬ神々大多忙  国頭中頭那覇島尻東西南北駆けめぐり (島ぬ果てぃまでぃ 邦ぬ果てぃまでぃ幸せ列島作やびら) 〔()内の囃子は以下省略〕
[たいあんきちじつ]かりゆしほーねんふくぬかみがみいちゅなしむん くんじゃんなかがみなはしまじり [とーざいなんぼくかけめぐり]しまぬはてぃまでぃくにぬはてぃまでぃ[しあわせれっとー]ちゅくやびら
taiaNkichijitu kariyushihooneN huku nu kamigami 'ichunashimuN kuNjaN nakagami naha shimajiri toozainaNboku kakemeguri shima nu hati madi kuni nu hati madi shiawase rettoo chukuyabira
大安吉日めでたい豊年 福の神々大忙し国頭中頭那覇島尻 東西南北駆けめぐり (島ぬ果てまで 邦ぬ果てまで幸せ列島作りましょう) 


二、結婚まん産トーカチスージカラタ念願 手かみてぃ元祖ぬ美らさや 肝美らさ くまぬ家庭や 大繁盛
にーびち まんさん とーかち すーじからたにんぐゎん てぃーかみてぃ ぐゎんすぬちゅらさやちむじゅらさ くまぬ[かてい]やだいはんじょー
niibichi maNsaN tookachi suuji karata niNgwaN tii kamiti gwaNsu nu churasa ya chimujurasa kuma nu katee ya daihaNjoo
結婚、満産(七日祝い)、とーかち祝い(八十八米寿の祝い)健康祈願 手を合わせて先祖を美しく大切にすることは心の美しさ この家庭は大繁盛する
語句・まんさん 「子供が生まれて七日目の夜、親類縁者が集まってするお祝い。うぶたちの祝い。七夜の祝い」【沖辞】。・とーかち 88歳の米寿の祝い。「とーかち」とは穀類、米を枡で計る時に、縁と同じ高さに平らにするときにつかう竹の道具。・すーじ お祝い。<しゅーじ。・からた 体。身体。・にんぐゎん 念願。祈願。「からたにんぐゎん」で「健康祈願」・くま ここ。こちら。


三、家庭円満 健康第一 親子兄弟手ゆ取やい一生懸命 働ちどぅんせー くまぬ殿内や大繁盛
[かていえんまんけんこうだいいち] うやっくゎちょーでー てぃゆとぅやい [いっしょうけんめい]はたらちどぅんせー くまぬとぅんちや[だいはんじょー]
katee eNmaN keNkoodaiichi 'uyakkwa choodee tii yu tuyai isshookeNmei hatarachi duN see
家庭円満健康第一 親子兄弟が手を取り一生懸命働くならば こちらのお屋敷は大繁盛
語句・どぅんせー するならば。<どぅん 強意の助詞。ども。+ せー<しゅん する。の已然形。すれば。

 
四、家内安全商売繁盛 豊年万作 大漁船 百事大吉 めでたやなー 我した沖縄 大繁盛
[かないあんぜんしょうばいはんじょーほうねんまんさくたいりょーぶね ひゃくじだいきちめでたやなー]わしたうちなー[だいはんじょー]
kanaiaNzeN shoobaihaNjoo hooneNmaNsaku tairyoobune hyakuji daikichi medetayanaa washita 'uchinaa daihaNjoo
家内安全商売繁盛 豊年満作 大漁船 百時大吉めでたいな 私たちの沖縄大繁盛 

   
五、はらへ給へし清め給へし 守り給へて幸わえる 今日ぬ誇らしゃ頭乗みてぃ 大安吉日吉かる日に
はらえたまえしきよめたまえし まもりたまえて さち〔てぃ?〕わえる きゆぬふくらしゃちぢかみてぃ たいあんきちじつゆかるひに
haraetamaeshi kiyometamaeshi mamoritamaete sachi〔ti?〕waeru kiyu nu hukurasha chizi kamiti taiaNkichijitu yukaru hi ni
祓いたまえ 清めたまえ 守りたまえと言って感じる今日の嬉しさを拝受して 大安吉日の佳き日に
語句・ふくらしゃ 嬉しい。いわゆる「誇らしい」ではない。     続きを読む

Posted by たる一 at 10:38Comments(0)さ行

2011年09月29日

だんく節

だんく節
だんくぶし
daNku bushi
語句・だんくぶし 昔の歌だと思われる。「だんく」の意味不詳。


一、だんく節習ゆんでぃ 名護東通てぃヨンサー 通てぃ珍らさや だんくよーだんく スーリーヌ ダンヨー ダンク(以下、カタカナの囃子言葉は省略)
だんくぶしならゆんでぃ なぐあがりかゆてぃ かゆてぃみじらさや だんくよーだんく
daNku bushi narayuNdi nagu'agari kayuti kayuti mijirasa ya daNku yoo daNku
だんく節を習うために名護東に通って通って 珍しいものだよ!だんく(不詳)よ!だんく
語句・んでぃ ために。


二、行ちゅる山道や ちんし割い所 越いてぃかしがーや ゆーり所
いちゅるやまみちや ちんしわいどぅくる くぃてぃかしがーや ゆーりどぅくる
'ichuru yama michi ya chiNshi wai dukuru kwiti kashigaa ya yuuridukuru
行く山道は膝を割る(痛める程の急な坂)所 越えてカシガー(地名?)は休む所
語句・ちんし 膝。・かしがー 不詳。地名かと思われる。・ゆーり <ゆりー 休憩。


三、ちんし割てぃ通てぃ 頭割てぃ通てぃなーひん通い欲さ だんくよーだんく
ちんしわてぃかゆてぃ ちぶるわてぃかゆてぃ なーひんかゆいぶさ だんくよーだんく
chiNshi wati kayuti chiburu wati kayuti naahiN kayuibusa daNku yoo daNku
膝を痛めて通って 頭割って通って もっと通いたいものだ だんくよ!だんく
語句・ちぶるわてぃ おそらく五の歌詞にでてくる盗賊に関係するのではないかと思う。
 なーひん さらに。もっと。<なーふぃん。


四、だんく節なかい 肝や引ち取らり 闇ぬさく坂ん車とう原
だんくぶしなかい ちむやひちとぅらり やみぬさくひらん くるまとーばる
daNku bushi nakai chimu ya hichi turari yami nu sakuhiraN kuruma toobaru
だんく節に心を奪われて 闇の急な坂道も(砂糖)車(がおけるほど平坦な)原っぱだ
語句・なかい に。・さくひら さく 谷あい。+ ひら 坂。急な谷間の坂。・くるま さとうきびから砂糖を抽出するために水牛に回転させた「甘藷圧搾車」(saataa-guruma)【琉辞】。「車とーばる」はその「甘藷圧搾車を据えるのに適した平坦な土地」【琉辞】。恋心を唄った琉歌でよく使われる歌詞。恋をしている時は会いに行く「急な坂も平坦に思える」から。

五、知りなぎな登る 安和ぬじょーが坂や 世間音高さ ふぇーれー所
しりなぎなぬぶる あわぬじょーがひらや しきんうとぅだかさ ふぇーれーどぅくる
shirinagina nuburu 'awa nu joo ga hira ya shikiN 'utudakasa hweeree dukuru
そうと知りながら登る安和の門の坂は 世間で良く知られた追い剥ぎがよくでる所だ
語句・しりなぎな 知りながら。知ってしるのに。<なぎーな …ながら。…なのに。 ・ふぇーれー 追い剥ぎ。


六、通てぃ習れ取たる だんく節でむぬ 五条ぬ松下に揃てぃ遊ばな
かゆてぃなれーとぅたる だんくぶしでむぬ ごじょーぬまちしたにするてぃあしばな
kayuti nareetutaru daNku bushi demunu gojoo nu machishita ni suruti 'ashibana
通って習い取っただんく節であるから五条の松下に揃って遊ぼうよ
語句・でむぬ ・・であるから。・あしばな 遊ぼうよ。遊びたい。 自分の意思・希望「遊びたい」と、呼びかけ「遊ぼう」両方の意味を含む。 


七、だんく節てぃしや 恋ぬ言語れか かにん面白さだんくよー だんく
だんくぶしてぃしや くいぬいかたれか かにんうむしるさ だんくよーだんく
daNku bushi tishi ya kui nu 'ikataree ka kaniN 'umushirusa daNku yoo daNku
だんく節というものは恋の語らいか それほど面白いものだ だんくよーだんく
語句・てぃしや というものは。・いかたれ <いかたれー 語らい。契り。  続きを読む

Posted by たる一 at 09:52Comments(2)た行

2011年09月01日

歌の泉

歌の泉
うたぬいじゅん
'uta nu 'izyuN
歌の泉

作詞・作曲 登川誠仁


一、歌とぅ三線や 人ぬ肝勇み 世間ぬ人々ぬ為に尽くち
うたとぅさんしんや ふぃとぅぬちむいさみ しけぬふぃとぅびとぅぬたみにちくち
'uta tu saNshiN ya hwitu nu chimu 'isami shike nu hwitubitu nu tami ni chikuchi
歌と三線は人の良い心を励まし 世界の人々の為に尽くし
語句・ちむ 「心。心情。情け。kukuru(心)よりもはるかに多く使う。」【沖縄語辞典】(以下【沖辞】)。標準語でも「心がない」という時に「良い心」という意味を含ませるように、「ちむ」という時は「情け」、「良い心の働き」という意味あいを強く持たせる。  ・いさみ <いさみゆん 'isamiyuN 「励ます。慰めて励ます。激励する」【沖辞】。・しけ 「世界」【沖辞】。<しけー shikee 「世間」というのは当て字。(「世間」は「しきん」 shikiN)


ニ、人ぬ肝心 勇み持てぃ成する 歌とぅ三線ぬ情知らな
ふぃとぅぬちむぐくる いさみむてぃなする うたとぅさんしんぬなさきしらな
hwitu nu chimu gukuru 'isami mutinasuru 'uta tu saNshiN nu nasaki shirana
人の良い心を励まし作る歌と三線の情けを知ろう
語句・むてぃなする <むてぃなし 「取り扱い。作り方」【沖辞】。+しゅん。 する。標準語の「もてなす」は「とぅいむちゅん」。・しらな <しゆん 知る。→しら 知ろう。知りたい。+な 「知ろうね」「知りたいね」と柔らかい表現になる。 


三、だんじゅ我が島や 昔から今に 歌とぅ三線ぬ 泉んさらみ
だんじゅわがしまや んかしからなまに うたとぅさんしんぬ いじゅんさらみ
danju waga shima ya Nkashi kara nama ni 'uta tu saNshiN nu 'ijuN sarami
いかにも我が島は昔から今にいたって歌と三線の泉であろうぞ
語句・だんじゅ <だんず。「なるほど。いかにも。げにこそ。」【沖辞】。 ・さらみ 「『であろう』の意を強調して表す。…であろうぞ。」【沖辞】。


四、我が島ぬ文化 守り何時までぃん 年寄若者ん 心合わち
わがしまぬぶんか まむりいちまでぃん とぅすいわかむぬん くくるあわち
waga shima nu buNka mamuri 'ichimadiN tusui wakamunuN kukuru 'awachi
我が島の文化を守りいつまでも年寄り若者も心合わせて
  続きを読む

Posted by たる一 at 08:42Comments(0)あ行

2011年08月20日

果報節

果報節
くゎふーぶし
kwahuu bushi
果報(幸せ)の唄
語句・くゎふー 「果報。幸運(にめぐり合うこと)。単にhuuともいう。」【沖辞】。


作詞 作曲/普久原 朝喜    


男 神からがやたら 結ばりてぃ縁や 浮世荒波ん 渡てぃ行ちゅん ※(二人や此ぬ世ぬ 果報な者)  < ※は以下繰り返し >
かみがやたら むしばりてぃいぃんや うちゆあらなみん わたてぃいちゅん (たいや くぬゆぬ くゎふーなむん
kami ga yatara mushibariti yiN ya 'uchiyu 'aranamiN watati 'ichuN ( tai ya ku nu yu nu kwahuu na muN)
神様のおかげだったのであろうか 結ばれた縁は 浮世の荒波も渡っていく (二人はこの世の果報な者だ)
語句・やたら <やん だ。過去形「やた」+ ら 疑問を表す か?。 →だったのか? 直訳では「神からだったのか?」。神さまの御蔭だったのだろうか? 


女 闇ぬさか坂ん かながなとぅ手取てぃ共に肝合わち 登る嬉さ ※
やみぬさかふぃらん かながなとぅてぃとぅてぃ とぅむに ちむあわち ぬぶるうりさ
yami nu sakahwiraN kanaga tu ti tuti tumu ni chimu 'awachi nuburu 'urisa
真っ暗な急な坂も 仲良く手を取ってお互いに心を合わせて登ることの嬉しいことよ!
語句・さくふぃら 「急な坂。けわしい坂」【沖縄語辞典】。有名な琉歌に「若さひと時ぬ通い路ぬ空や 闇ぬさく坂ん 車とう原」(若い時恋人のところへ通う気持ちというものは 真っ暗な急な坂であっても砂糖車を置ける平原のように思えるものだ)。

   
男 花ん蕾から 露受きてぃ咲ちゅい 二人が真心ん 咲かちでむぬ ※
はなんちぶみから ちゆうきてぃ さちゅい たいがまぐくるん さかちでむぬ
hanN chibumi kara chiyu 'ukiti sachui tai ga magukuruN sakachi demunu
花も蕾の頃から露を受けて咲くもの 二人の真心も(花が)咲くであろう 

    
女 例いあばら屋に 住家しち居てぃん 貫木家に勝る 愛ぬ住家 ※
たとぅいあばらやに しみかしちうてぃん ぬちじやにまさる あいぬしみか
tatui 'abaraya ni shimika shichi utiN nuchijiya ni masaru 'ai nu shimika
たとえあばら家を住居にしていても貫木家(立派な作りの家)にも勝る愛の住家だ
語句・ぬちじや <ぬちじやー 「貫き木のある家。本建築の家。農村で、茅ぶきではあっても単なる掘立小屋(anayaという)ではなく、礎石を置き、柱に貫き木を通して造った家。農村の家では上等の部に入る」【沖辞】。 
    

男女 誠一筋に 思み働てぃ居りば 家庭や和ぬ元に 笑い福い
まくとぅふぃとぅしじに うみはまてぃうりば ちねーやわぬむとぅに わらいふくい
makutu hitushiji ni 'umihamati uriba chine ya wa nu mutu ni warai hukui 
誠実一筋に励んでいれば家庭は和睦を生み笑いと幸せ(になる)
語句・うみはまてぃ <うみはまゆん。「はげむ。熱心に努力する」【沖辞】。    


  続きを読む

Posted by たる一 at 12:11Comments(0)か行

2011年08月19日

新家庭小

新家庭小
しんかてーぐゎー
shiN katee gwaa


一 一郎さんとぅ我んね結婚しちぬうぬ後や我んね 一郎さんに何んでぃ我ね言がや 「あなた」んでぃる我ね言がや
いちろーさんとぅわんねーけっこんしちぬうぬあとぅやわんねー いちろーさんにぬーんでぃわねいうがや あなたんでぃるわねいうがや
'ichiroo saN tu waNnee [kekkoN]shichi nu unu 'atu ya waNnee 'ichiroo saN ni nuu Ndi wane 'iuga yaa [anata]Ndi ru wane 'iu ga yaa
一郎さんと私は結婚してのその後は 私は一郎さんになんて私いうのかしら 「あなた」って私いうのかしら
語句・わんねー私は。< わん + や 融合して「わんねー」となる。・ぬーんでぃ なんと。 < ぬー 何。+んでぃ と。・いうがやー 言うのかねー < いう< いゆん。言う。+が 疑問助詞 +やー ね。


二 一郎さんが会社かい出ぢてぃめんせるうぬ時や我んね一郎さんに 何んでぃ我ね言がや「あなた 行ってらっしゃい」んでぃる 我ね言がや
いちろーさんがかいしゃかい んじてぃめんせーる うぬとぅちや わんねーいちろーさんに ぬーんでぃわねいうがや 「あなたいってらっしゃい」んでぃる わねいうがや
'ichiroo saN ga kaisha kai 'Njiti meNseeru unu tuchi ya waNnee 'ichiroo saN ni nuuNdi wane 'iuga yaa [anata itterasshai] Ndi ru wanee 'iu ga yaa
一郎さんが会社にお行きになられるその時は私一郎さんになんて私いうのかしら 「あなた行ってらっしゃい」なんて私いうのかしら
語句・かい ~に。 ・んじてぃ 出て。(出て)行く。 ・めんせーる こられる。なられる。<めんせーん。「居る・行く・来る敬語」【琉球語辞典】。 



三 一郎さんが会社から戻てぃめんせるうぬ時や我んね 一郎さんに 何んでぃ我ね言がや「お帰りなさい あなた 待ってたわ」んでぃる 我ね言がや
いちろーさんがかいしゃからむどぅてぃめんせーる うぬとぅちや わんね いちろーさんに ぬーんでぃわねいうがや「おかえりなさい あなた まってたわ」んでぃる わねいうがや
'ichiroo saN ga kaisha kara mudutimeNseeru unu tuchi ya waNnee 'ichiroo saN ni nuuNdi wane 'iu ga yaa [okaerinasai anata mattetawa]Ndi ru wane 'iu ga yaa
一郎さんが会社からお戻りになられるその時は私は一郎さんになんて私いうのかしら 「お帰りなさい あなた 待ってたわ」って私いうのかしら


四 一郎さんとぅ我んとぅ夫婦ゲンカする時や我んね 一郎さんに何んでぃ我ね言がや「あなた ごめんね 許して」んでぃる 我ね言がや
いちろーさんとぅわんとぅふーふげんかするとぅちや わんねーいちろーさんにぬーんでぃわねいうがや 「あなたごめんね ゆるして」んでぃるわねいうがや
'ichiroo saN tu waN tu [huuhu geNa] suru tuchi ya waNnee 'ichiroo saN ni nuuNdi wane 'iu ga yaa [anata gomeNnee yurushitee]Ndi ru wane 'iu ga yaa
一郎さんと私と夫婦ゲンカするときは私は一郎さんになんて私いうのかしら 「あなた ごめんね 許して」って私いうのかしら


五 一郎さんとぅ我んとぅ夜寝んじゅるうぬ時ね我んね一郎さんに何んでぃ我ね言がや「あなた イヤよ 電気消して」んでぃる我ね言がや
いちろーさんとぅわんとぅゆるにんじゅるうぬとぅちねー わんねいちろーさんにぬーんでぃわねいうがや 「あなた いやよ でんきけして」んでぃるわねいうがやー
'ichiroo saN tu waN tu yuru niNjuru unu tuchi nee waNnee 'ichiroo saN ni nuuNdi wane 'iu ga yaa [anata iya yoo denki keshite]Ndi ru wane 'iu ga yaa
一郎さんと私と夜寝るその時には私一郎さんになんて私いうのかしら 「あなた イヤよ 電気消して」って私いうのかしら
語句・にんじゅる 寝(てい)る。<にんじゅん 寝る。  続きを読む

Posted by たる一 at 10:43Comments(2)さ行

2011年06月05日

意見あやぐ

意見あやぐ
いちんあやぐ
'ichiN 'ayagu
意見の歌
語句・あやぐ 「あやぐ」を参照のこと。

作詞(補)嘉手苅ウシ  歌 嘉手苅林昌 嘉手苅林次
(CD「風狂歌人」から筆者歌詞聞き取り)

一、うゆす世間ぬ産し子ぬ達 銭金儲きてぃ 荒地にさん事 細しく使みそり 荒地にしーねー 泉ぬ水んひなゆるたみし
うゆすしきんぬなしぐゎぬちゃー じんかにもーきてぃ あらちにさんぐとぅくましくちかみそり あらちにしーねーいじゅんぬみじんひなゆるたみし
'uyusu shikiN nu nashigwa nu chaa jiNkani mookiti 'arachi ni saNgutu kumasiku chikamisori 'arachi ni siinee 'ijuN nu mijiN hinayuru tamisshi
すべて世間に生まれた子どもたちはお金を儲けては無駄遣いしないよう慎ましく使いなさい 無駄遣いすると泉の水でさえ少なくなるものであるぞ
語句・あらち <あらさん。「荒々しいこと。乱暴」【沖辞】 ・くましく くまさん。 「つつましい」【沖辞】<あらさん。 ・ひなゆる <ふぃなゆん。 「減る。少なくなる。また摩滅する。」【沖辞】 ・たみし ものだ。「前例」【沖辞】


二、たとぅいわじかぬ銭やてぃん一日に一厘貯みてぃん百日五貫チリん積むれ山ふどぅ重なてぃ大福なゆさ
たとぅいわじかぬじんやてぃんいちにちにぐんじゅーたみてぃん ひゃくにちぐくゎん ちりんちむれーやまふどぅかさなてぃでーふくなゆさ
tatui wajika nu jiN yatiN 'ichinichi ni guNjuu tamitiN hyakunichi gukwaN chiriN chimuree yamahudu kasanati deehuku nayusa
たとえ僅かのお金であっても一日に一厘貯めれば百日で五貫になる チリも積もれば山ほど重なって大きな福になるよ
語句・ぐんじゅー 「500文」のこと。「一厘」に相当する。


三、油断とぅ貧乏やけー隣い 働ち男とぅうぇーきぬ神や腹ぬ兄弟ど 稼ぐに追いつく貧乏ぬ神や世間にねーやびらん
ゆだんとぅふぃんすーやけーとぅない はたらちうぃきがとうぇーきぬかみやはらぬちょーでーど かしぇぐにういちくふぃんすぬかみやしきんにねーやびらん
yudaN tu hwiNsuu ya kee tunai hatarachi wikiga tu 'weeki nu kami ya hara nu choodee doo kashegu ni 'uichiku hwiNsuu nu kami ya shikiN ni neeyabiraN
油断と貧乏はすぐ隣 働き者と金持ちの神は同じ腹の兄弟だぞ 稼ぐに追いつく貧乏の神は世間に居ません
語句・ふぃんすー 貧乏。・けー ちょっと。すぐ。・うぇーき 「富。たくさんの財産」【沖辞】。


四、産し子ぬ栄いや村栄い村々里々栄てぃ行かわどぅ国ん栄る 家庭円満和睦にそーてぃう栄いみそり
なしぐゎぬさかいやむらさかい むらむらさとぅさとぅさかてぃいかわどぅくにんさかる かてーえんまんわぶくにそーてぃ うさかいみそり
nashigwa nu sakai ya mura sakai muramura satusatu sakati 'ikawa du kuniN sakaru katee eNmaN wabuku ni sooti 'usakai misori
わが子の栄えは村の栄だ 村々里々が栄えていってはじめて国も栄える 家庭円満仲良くしてお栄なさい


五、銭やくぬ世ぬまわり物 玉黄金産し子や御天ぬ授き物 やくとぅ人ぬ達うぇーき貧乏や坂ぬ下り上い
じんやくぬゆぬまわりむぬ たまくがになしぐゎやうてぃんぬさじきむぬ やくとぅちゅぬちゃーうぇーきふぃんすーやふぃらぬうりぬぶい
jiN ya kunu yuu nu mawari munu tama kugani nashigwa ya 'utiN nu sajiki munu yakutu chu nu chaa 'weeki hwiNsuu ya hwira nu 'uri nubui
お金はこの世に回り物 大切なわが子は天からの授かりもの だから皆さん金持ちと貧乏は坂の下り上りのようなもの


六、馬や乗りわどぅ知らりゆる 人ぬ心や肝から心からひらてぃどぅ知らしらりゆる やくとぅ人ぬ達 今ぬ世間の悪欲持たらんど
んまやぬりわどぅしらりゆる ふぃとぅぬくくるやちむからしんからひらてぃどぅしらりゆる やくとぅちゅぬちゃー なまぬしきのーあくゆくむたらんどー
'Nma ya nuriwa du shirariyuru hwitu nu kukuru ya chimu kara shiN kara hwirati du shirariyuru yakutu chunuchaa nama nu shikinoo 'akuyuku mutaraN doo
馬は乗ってこそ(良し悪しが)判る 人の心は真心から心の底からつき合ってはじめて知ることができる だから皆さん今の世の中は悪い欲を持てませんよ
語句・ひらてぃどぅつき合ってはじめて。 <ふぃらゆん つき合う。+ どぅ こそ。   続きを読む

Posted by たる一 at 11:19Comments(0)あ行

2011年05月06日

クラハ山田

クラハ山田
くらふぁやまだ(くらはやまだ)
kurahwa yamada(kuraha yamada)
〇(地名)久良波と山田
語句・くらはやまだ 沖縄県恩納村にある地名を二つ繋げたもの。「久良波」と「山田」。沖縄では似た地名が多いことから近隣する土地名を二つつなげていうことが多い。


(男)クラファ山田ぬ美らヌル小 世間音高さ (ウチフイフイ シーチョンチョン)
くらふぁやまだぬちゅらぬるぐゎ しきんうとぅだかさ (うちふいふい しーちょんちょん)
kurahwa yamada nu chura nuru gwa shikiN 'utu dakasa ('uchi huihui shii choN choN)
久良波・山田の美しいノロ(祝女)ちゃん 世間でも有名 〈囃子;以下省略)
語句・ぬる 「神にイノリ神意を人に告〔ノ〕り伝える神職の女性;ノロとも」【琉辞】。沖縄の各地の神事を司る役割を持つ女性。「霊感」のある者、「神」に認められたものだけがなれるとされる。琉球王朝ではこのノロを統括する聞得大君(ちくぃーうふちみ、ちふぃじん)が大きな権力を持っていた。
 

(男)御嶽至極ぬヌルやりば通てぃ我が忍ばんむん 忍ばんむん自由なゆみ
うたきしぐくぬぬるやりばかゆてぃわがしぬばんむん しぬばんむんじゆなゆみ
'utaki shiguku nu nuru yariba kayuti wa ga shinubaNmuN shinubaNmuN jiyu nayumi
御嶽では最高のノロなのだから通って私が忍んで行く 忍ばないなら手に入らないだろう
語句・うたき 「神霊を祀[まつ]った山中の聖域」【琉辞】。


(男)無蔵が御宿や今着ちゅん いちゃし合図すゆが 意地出ぢやい合図すん
んぞがうやどぅやなまちちゅん いちゃしいぇーじすゆが いじんぢゃいいぇーじすん
Nzo ga 'uyadu ya nama chichuN 'ichashi yeeji suyu ga 'iji 'Njaai yeeji suN
彼女のお家に今着いた どうやって声をかけようか 勇気を出して声かける
語句・うやどぅ お家。現代語の「宿」だけではなく「家」という意味があることに注意。 ・いぇーじ 「【合図】呼ぶ[呼んで誘う]こと、家を訪問して声をかけること;合図。」【琉辞】。 ・いじ 「意(気)地、勇気;怒り。」【琉辞】。ここでは「勇気」。


(男)くぬ宿ゆ頼む 出ぢる人や居らんがや
くぬやどぅゆたぬむ んぢるふぃとぅやうらんがや
kunu yadu tanumu 'Njiru hwitu uraN ga ya
このお家の方 誰かいませんか?


(女)居やびしが 誰やみせが
うやびーしが たーやみせーが
uyabiishiga taa yamiseega
居りますよ どなたでございますか?


(男)我んどぅやる 遠道ぬ疲り足だるさあむぬ 煙草やちょん 吹かち呉り
わんどぅやる とーみちぬちかり ふぃさだるさあむぬ たばくやちょーん ふかちくぃり
waN du yaru too michi nu chikari hwisa darusa 'amunu tabaku ya chooN hukachikwiri
私ですが遠くから来たので疲れて足がだるいのです せめて煙草をちょっと吸わせてください
語句・ふぃさ 足。脚。 ・ちょーん 「せめて・・だけでも」「すら」。


(女)遠道ぬ疲り足だるさあみせら うちんかい入みそり
とーみちぬちかりふぃさだるさあみせーら うちんかいいみそーり
toomichi nu chikari hwisa darusa 'amiseera 'uchiNkai 'imisoori
遠方から来られて足がお疲れのことでしょう 中にお入りください


(男)煙草吹ちがや 我ねあらん 思い思い語らなや
たばくふちがや わねあらん うむいうむいかたらなや
tabaku huchi ga ya wane 'araN 'umui 'umui katarana ya
煙草ふかしに来たのではない 私の恋の思いを語りたいのだ


(女)うま居とてぃうひなあなあ あびみせね大事やしが あまんかい入みそり
うまうとーてぃ うひなーなー あびみせーね でーじやしが あまんかいいみそーり
'uma utooti 'uhi naa naa 'abimiseenee deeji yashiga 'amaNkai 'imisoori
そこに居てこんなにも大声でしゃべられたら大変なのであちらにお入りください
語句・うま そこ。「んま」とも。・うひな 「うふぃな」とも。「そんなにも(沢山、あるいは少なく)」



(男)汝が事ゆ思てぃ あがとからくがと 云言葉になりてぃ呉り
やーがゆくとぅうむてぃ あがとーからくがとーいくとぅばになりてぃくぃり
yaa ga kutu yu 'umuti 'agatoo kara kugatoo 'ikutuba ni nariti kwiri
お前のことを思ってあんなに遠くからこんなに遠くまで(来た)私の言葉で親密になってくれ
語句・あがとー あんなに遠く。・くがとー こんなに遠く。・いくとぅば 「言葉」。ここでは「告白」の言葉。・なりてぃ <なゆん 「慣れる。なじむ。親密になる」


(女)云言葉んねらん 思い思い知やびらん うま居とてぃ うひなあなあ あびみせね 親兄弟に   聞かりいね大事やしが
いくとぅばんねらん うむいうむいしやびらん うまうとーてぃ うひなーなーあびみせーねー うやちょーでーにちかりーね でーじやしが
'ikutubaN neeraN 'umui 'umui shiyabiraN 'uma utooti 'uhinaa naa 'abimiseenee 'uyachoodee ni chikariine deeji yashiga
言葉もでない(貴方の)思いも知りません そこでこんなに大声だされたら親兄弟に聞かれて大変なことになるわ


(男)あきよ自由ならんたきゆ又やりば くま居とてぃ死ぬしどぅまし
あきよ じゆならんたきゆまたやりば くまうとーてぃしぬしどぅまし
'akiyoo jiyu naraN taki yu mata yariba kuma utooti shinushi du mashi
えー!自由にならないのであれば ここで死んだほうがましだ
語句・あきよ あら!・たきゆ ほどの。「たきゆまたやりば」は良く芝居の台詞で使われる。「・・ほどのことであるならば」くらいの意味。


(女)命までぃ捨てぃるたきゆ又やりば 云言葉にんなりやびら
ぬちまでぃしてぃるたきゆまたやりば いくとぅばにんなりやびら
nuchi madi shitiru taki yu mata yariba 'ikutuba niN nari yabira
命を捨てるほど(思っておられるの)であれば 貴方のお言葉通りになりましょう


(男)どでぃんぐゎなりてぃ呉り 七夜に及でぃ通たくとぅ自由なとさ 通らんむん自由なゆみ通   たくとぅ自由なとさ 
どーでぃんぐゎなりてぃくぃり ななゆるにうゆでぃかゆたくつ じゆなとーさ かゆらんむんじゆなゆみ かゆたくとぅじゆなとーさ
doodiNgwa nariti kwiri nanayuru ni 'uyudi kayuta kutu jiyu natoosa kayuraNmuN jiyu nayumi kayutakutu jiyu natoosa
どうか親密になってくれ いくつもの夜をかけて通ったので自由になったよ 通わなければ自由になるまい?通ったから自由になったんだ
語句・どーでぃん どうか。どうにか。・ななゆる 数字の「七」回ではなく「何回も」の意味。  続きを読む

Posted by たる一 at 15:21Comments(0)か行