くいちゃー踊り
くいちゃーぶどぅるぃ
kuichaa budurï
◯
くいちゃーの踊り
語句・
くいちゃー 「【‘声合わせ’の意か】宮古歌謡の一種」「またそれに伴う集団踊り」【琉球語辞典】。この説明にある通り「クイチャー」とは宮古歌謡、あるいは踊りのことである。八重山民謡にそれが持ち込まれたものなのか、どうしてこの曲名になったのか、いつ頃のものか、不明。・
ぶどぅるぃ 踊り。「るぃ」の発音は(rï)であらわし、、「中舌母音」という。(「
鷲の鳥節」を参照。 「すぃ」(sï)は、「し」を発音する唇(ただし唇を横に引かない)、顎の形で、舌を少し引いて「す」というつもりで発音すると近い。同様に、 「るぃ」(rï)は、「り」を発音する唇(ただし唇を横に引かない)、顎の形で舌を少し引いて「る」というつもりで発音すると近い。
※歌詞は「八重山古典民謡工工四 下巻」(大濱 安伴編著)を参考にした。
一、
くいちゃー踊るぃぬ出でぃたつぁば 今年ぬ世や世果報 来年ぬ世や めーひん勝らし給り (ハーリヌオーヤッサイ マタリヌ オーヤッサイ オーリケラ ウタイバブドゥラディ イヤサッサ ハイハイ)
くいちゃぶどぅるぃぬいでぃたつぁば くとぅすぃぬゆーや ゆがふ えんぬゆーや めーひんまさらしたぼり (はーりぬおーやっさい またりぬおーやっさい おーりけら うたいばぶどぅらでぃ いやさっさ はいはい)
kuicha budurï nu 'iditatsaba kutushï nu yuu ya yugahu eN nu yuu ya meehiN masarashi tabori (haari nu ooyassai matari nu ooyassai oorikeera 'utaiba buduradi 'iya sassa hai hai)
◯
くいちゃー踊りが出てきたら今年の暮らしは五穀豊穣 来年の暮らしは、よりもっと豊作にしてください
語句・
いでぃたつぁば 出てきたら。<いでぃ<いでぃん 「出る」【石垣方言辞典】(以下【石辞】と略す)。+たつぁ <たつん 「立つ」【石辞】。+ば ならば。・
めーひん よりいっそう。なお。 現在は「めへん」【石辞】。沖縄語では「なーひん」・
まさらし すぐれさせて。まさらせて。<まさるん 「優れる。勝る」【石辞】。の使役。
ニ、
今年作たる稲粟や やらぶぬ実るぃざぎなりひるか とーらん大家ん造りして 俵ばひだみばしー
くとぅしちくたるいにあわや やらぶぬなるぃざーぎなりひーるかー とーらんうふやーんちくりして たーらばひだみばしー
kutushi chikutaru 'ini'awa ya yarabu nu narïzaagi narihiiru kaa tooraN 'uhuyaaN chikurishite taara ba hidamibashii
◯
今年作った稲や粟は ヤラブ(テリハボク)の実がなるようになってくれるなら 台所も母屋も作って 俵を積み上げて境に置いて
語句・
やらぶ 「木の名。テリハボク。材質が良いので家具、挽物等に用いられる。和名としても、ヤラブ、ヤラボなどとも言う」【石辞】。八重山諸島では防風林として植えられて、直径4cmほどの実がたくさんなる。食用ではないが油を抽出して薬や、化粧品に使われることもある。・
ざーぎ 「さえ。すら。」【石辞】。「~ほどに・~のように」【精選八重山古典民謡集】という意味もあるようだ。が、その使い方は辞書では確認できなかった。・
ひーる ひーるん 「くれる。与える。」【石辞】。・
か 標準語の「『~たら』『~なら』に当たる」【石辞】。接続助詞。「っかー」という形で現在は使われる。「か」と短縮されているのは、歌詞の中では長母音(ー。伸ばす音)や促音(小さい「っ」などで表す音)は省略することが許されることから(詩的許容 と呼ばれる)。・
とーら 台所。「『髙倉(たかぐら)の転訛とも」【石辞】。 沖縄語は「とぅんぐゎ」。八重山では「母屋と台所は別棟であった」【精選八重山古典民謡集】。・
て 沖縄本島では「てぃ」となる「~して」が八重山では「って」となる。・
ひだみ 「隔て。境。間隔」【石辞】。 ひだみばしー、境に置いて。
三、
ばかけらぬ願よーた 弥勒世や給られ 今夜ぬ夜ぬ明きるんけー踊り遊ば
ばがーけーらぬにがよーた みるくゆーやたぼられ にかぬゆーぬあきるんけーぶどぅりあすぃば
bagaa keera nu nigayoota mirukuyuu ya taborare nika nu yuu nu 'akiruNkee buduri 'ashïba
◯
私たちが皆願った五穀豊穣の暮らしを下さって 今夜の夜が明けるまで踊り遊びましょう
語句・
ばがーけーら 「我々皆。我々一同」【石辞】。・
にがよーた にがうん 願う。+ よーるん 「敬意を表す。『おーるん』(おられる)の変化した語」【石辞】(一部発音記号省略)。・
あきるんけー あきん<あきるん 明ける。+ んけー<んけん 「『~すると』『~する間』『~まで』などの意を表す」【石辞】。 「んけん」はあるが「んけー」という語句は【石辞】には見当たらない。
四、
一夜抱ぎば一俵 二夜抱ぎば二俵 三夜抱ぎば三俵 俵ばひだみばしー
ぷぃとぅゆーだぎば ぷぃとぅたーら ふたゆだぎばふたたーら みーゆだぎば みすぃたーら たーらばひだみばしー
pïtuyuu dagiba pïtutaara hutayuu dagiba hutataara miiyuu dagiba mishïtaara taaraba hidamibashii
◯
一晩抱けば一俵 二晩だけば二俵 三晩だけば三俵 その俵を境に積み上げて
語句・
ぷぃとぅ ひとつ、の八重山方言。
(以下の歌詞は「宮良當壯全集11」を参考にした。)
五、
クイチャ踊りぬ子産さば 尻敷物無ぬんで 心配しなよー多良間ぬ主ぬ たり袴 段々有る物ど
くいちゃぶどぅるぃぬ ふぁーなさば ちびしけー ねーぬんで しゅばしなよー たらまぬしゅーぬ たりばかま だんだんあるむんどー
kuicha budurï nu hwaa nasaba chibishikee nee nuNde shubashina yoo tarama nu shuu nu taribakama daNdaN 'arumuN doo
◯
くいちゃー踊りで 子どもができたら オムツが無いと心配するなよ 多良間のお役人のボロボロのハカマがたくさんあるから
語句・
たり <たりん (動詞)「朽ちる。ぼろぼろになる」【石辞】。・
だんだん 「いろいろ。さまざま」【石辞】。本土にも「だんだんありがとう」(大変ありがとう)が短縮して「だんだん」(島根地方などの「ありがとう」の意)という言葉がある。
【
この曲について】
▲音源では「祝い歌」(宮良康正)
▲「精選八重山古典民謡集」(CD第一巻)にある。
曲は八重山の「六調」とほぼ同じ音階で、早弾き。とてもリズミカルで明るい調子である。
歌詞も八重山に五穀豊穣を願い、歌い踊るというもの。
四番の歌詞が、一〜三番んまでの五穀豊穣を祈る歌詞とは少し趣が変わっていて面白い。
この歌詞は宮古民謡の「豊年のクイチャー」の七番とほぼ同じである。
「
一夜抱きば一俵 二夜抱きば二俵 三夜だきば 三俵 俵屋ぴだつしよ」
(参考「宮古民謡工工四」編者 與儀栄巧)
「宮良當壯全集11」には(P84)
「この歌は宮古郡の多良間島がまだ八重山の属島で、八重山島蔵元(政庁)から村長を派遣していた当時のものである。」
「若い男女の夜遊びにクイチャーと称する機関があった。その当時の自由恋愛の状態がこの歌に詠まれてゐる。」
とある。
そして(P87)の解説において
「俵」を「赤子」と解釈して
「一夜抱けば赤子(やや)一人、 二夜抱けば赤子(やや)二人、三晩抱けば赤子(やや)三人 赤子を中にして(寝よう。)」
と宮良當壯氏は解釈している。
ちなみに上の歌詞の五番は、宮良康正氏が歌う「クイチャ踊り」(CD「祝い歌」)にもある歌詞である。
【
精選八重山古典民謡集について】
今回、この唄の文法的理解をするにあたって「精選八重山古典民謡集」(當山善堂 編著)を参考にした。
私がいつも八重山民謡理解で参考にしている「石垣方言辞典」の作者宮城信勇氏が監修をされている。
四巻にまとめられたこの本にはCDもついており、音源を聴いたり参考にしたりするうえでとても重宝する。
また、歌詞の発音で、八重山独特の「中舌母音」が問題になることが多いが、この本では「い段中心の中舌音表記」と「う段中心の中舌母音表記」とにわざわざわけて、二通りの表記を丁寧に記載されている。
「い段中心の中舌音表記」とは「りぅ」、「しぅ」のように中舌母音の表し方を「い段のひらがな」+「ぅ」というふうに表すやり方。
口は「り」や「し」の形で「る」、「す」と発音すると八重山方言の中舌母音に近くなる。
もうひとつの「う段中心の中舌音表記」は、「るぃ」、「すぃ」と表すやり方。
中舌母音は世界の言語や、日本語においても地方には残っている発音であるが、表記の方法がまちまちで統一されたものがなかったことと、とくに八重山民謡の歌詞を表記するうえでさまざまな方法がとられていることから混乱もあった。
上のように二種類の表記が必要になるのもそのためである。
ちなみに私は「う段中心」の表記をすることが多い。その理由はまた別に書きたい。
八重山民謡を勉強するうえで、この中舌母音の発音は欠かせないものであるので、この本はとても参考になり、八重山民謡を勉強する上で強力な「武器」になることは間違いない。