木綿花節
むみんばなぶし
mumiNbana bushi
〇
木綿花の唄
一、
木綿花作てぃ 木綿がし掛きてぃ 布美らく織やい(ヨーンゾヨ) 里が手巾(ヨーンゾヨ)
むみんばなちゅくてぃ むみんがしかきてぃ ぬぬちゅらくうやい(よーんぞよ)さとぅがてぃさじ(よーんぞよ)
mumiN bana chukuti mumiN gashi kakiti nunu churaku 'uyai (yoo Nzo yo) satu ga tisaji (yoo Nzo yo)
〇
木綿花を作って、木綿を織るための綛(かせ)に掛けて 布を美しく織って(ねえ貴女よ) あの人の手ぬぐいを(ねえ貴女よ)
(以下囃子言葉は省略)
語句・
むみんがし 木綿を織るための木綿の繊維を巻く機織りの道具。詳しくは「
干瀬節」に。・
てぃさじ 手ぬぐい。
二、
花に実ならち 実に花さかち 御万人ぬまじり 真肌添ゆさ
はなにみならち みにはなさかち うまんちゅぬまじり まはだすゆさ
hana ni mi narachi mi ni hana sakachi 'umaNchu nu majiri mahada suyu sa
〇
(木綿の)花に実をつかせ 実から花を咲かせて すべての人々の素肌に添う木綿を
語句・
うまんちゅ すべての人々。 「慣用では‘御万人’と書かれるが‘御真人〔おまひと〕’の転または‘'uma〔'nmaの古形〕+nu+qcu’[そこらの人]」【琉球語辞典】 つまり、「御真人」あるいは「そこらの人」の意味。・
まじり 「すべて。全体」【琉辞】。
三、
木綿機なかい 白縄うちはきてぃ 無蔵に紡がしゅる 木綿小花
むみんばたなかい しらなうちはきてぃ んぞにちんがしゅる むみんくばな
mumiN bata nakai sirana 'uchihakiti Nzo ni chiNgashuru mumiN kubana
〇
木綿の機に白縄をかけて貴女に紡がせる様子は木綿の小花
語句・
なかい …に。なかに。 ・
しらな 白縄。ここでは糸を紡ぐ車を廻すベルトの役割をする縄のこと。
四、
後当原下りてぃ 花むゆる女 色美らさあしが 年や知らん
くしとーばるうりてぃ はなむゆるゐなぐ いるぢゅらさあしが とぅしやしらん
kushitoobaru 'uriti hana muyuru winagu 'irujurasa 'ashiga tushi ya shiraN
〇
後当原(地名)に下りて木綿花を摘む女よ 美しいけれど年を知らない、いくつか?
語句・
むゆる 摘む。<むゆん もぐ。
五、
あに走る馬に ぶちゆかきみせが ぶちやひけみしょり わ年語ら
あにはゆるんまに ぶちかきみせが ぶちやひけみしょり わとぅしかたら
'ani hayuru 'Nma ni buchi kakimiseega buchi ya hikee misyori wa tushi katara
〇
あの走る馬に鞭を叩いておられますが 鞭をお控えなされば私の年を教えましょう
語句・
あに あの。<あ あれ、あの。+に に。・
ぶち ムチ。鞭。・
ひけ 控える。<ふぃけーゆん。
引き続き久米島の民謡を取り上げる。
木綿花節は「古くは『後当原(くしとーばる)』と称し、ウスデーク唄であったようだ」(「島うた紀行」仲宗根幸市氏)。
島袋盛敏氏の「琉歌大観」には「綿花節」というのがあり
木綿花作て木綿かせかけて布きよらく織らばゑけりが手巾
むみんばなちゅくてぃ むみんかしかきてぃ ぬぬちゅらくうらばえけりてぃさじ
mumiNbana chukuti mumiN kasikakiti nunu churaku 'uraba yekeri ga tisaji
「木綿花を作って、木綿のかせをかけてきれいな布を織らば、それから兄弟のために手拭を作ってあげたい」(琉歌大観)
兄弟が旅に出るときに、姉妹が旅の安全を願って手ぬぐいをつくるのが昔からのならわしだったようだ。
上の「木綿花節」の四番、五番は仲宗根氏によると「具志川按司とウラシマミツガネとの恋愛歌だという」。
ちなみに、「島うた紀行」では四番に
木綿紐作てぃ はてん布織やい 里があけず羽ぬ御衣ゆしらに
という歌詞が入っている。
(筆者撮影。2012年10月28日)
具志川城跡に下りていく坂の上にあった。