2006年05月11日
小浜節
小浜節
くもまぶし
kumoma bushï
語句・くもま 小浜島の事を古老がそう呼ぶ。「北部の民謡」によると琉球王朝時代に人頭税のために古見(くん)から移住させられた人々が小浜を「くんまま」(古見小の意味、)と呼んだのが変化して「くもま」と呼ぶようになったらしい。
(「ï」「ぃ」は「中舌母音」を表す。中舌母音については鷲の鳥参照)
一、小浜てる島や果報の島やりば大岳ばくさで白浜前なし(ヨオンナ 以下略す)
くもまてぃるしぃまやかふぬしぃまやりば'うふだぎばくさでぃしるぱまいなし
kumoma tïru shïma ya kahu nu shï ma yariba 'uhudagi ba kusadi shirupama mainashi
◯小浜という島は果報の島であるから大岳を後ろにして白浜を前にして
語句・てぃる という。 ・やりば であるから。<やり(やん、の己然形)+ば=理由をあらわす。・うふだき 大岳 。高さは九九・四メートル。小高い丘。
二、大岳に登てうし下し見りば稲粟のなうり弥勒世果報
'うふだぎにぬぶてぃ'うしくだしみりば'いに'あわぬなうりみるくゆがふ
'uhudagi ni nubuti 'ushikudashi miriba 'ini'awa nu nauri mirukuyugahu
◯大岳に登って下を見ると稲粟が実って豊年
語句・うしくだし うしくだい=目線を上から下にして。 この歌詞「うすとみゆみりば」というのもある。・なうり 実って。・みるくゆがふ 五穀豊穣。平和。本来は弥勒信仰により、「弥勒様が叶えてくださる極楽の世」という意味から。
三、稲粟の色や二十頃美童粒美らさあてど御初上げる
'いに'あわぬ'いるやはたちぐるみやらび ちぃぶぢゅらさ'あてぃどぅ'うはつぃ'あぎる
'ini'awa nu 'iru ya hatachi guru miyarabi tsïbu jurasa 'atidu 'uhatsÏ 'agiru
◯稲粟の色は二十頃の娘 粒が美しいものこそ(だけ)御初の上納に
語句・ちぃぶ 粒 。ちぃぢ、という歌詞もある。・ うはつぃあぎる収穫の最初の「御初穂」を豊作に感謝して神に捧げる風習がある。
(コメント)
八重山諸島は小浜島に伝わる民謡。
小浜節は、1751年頃小浜村与人だった宮良永祝が新里加武多が口ずさんでいた唄を琉歌の形式に直したのがはじまりと伝えられている。
この歌詞は聞き取りしたもので、中舌母音だと認識できたのは五ヵ所だった。
ちなみに「島うた紀行」では
三番の「粒」は「つぃづぃ」とふりがながある。
「八重山古典音楽安室流保存会 八重山歌工工四全巻」(編者 玉代勢 長傳)には「粒(つぶ)」とある。
「八重山民謡誌」(喜捨場永珣)によると、この歌の後に
(そのまま引用。ふりがなは筆者)
小濱てる島や、果報ぬ、島やりば、
島と相應(ふさい)みしより、我島主ぬ前。
小濱てる島や、行き見ぶしやあしが、
船ぬ、路やりば、行きやならぬ。
富崎渡(ふさきど)ぬ、ねぬらば、眞武佐渡(まぶさど)ぬ、ねぬらば、
今日(きゆ)や行き、明日(あちゃ)や來(き)そんが。
(歌意)
○小浜という島は果報な島であるから、この島のお役人様も元の故郷と同等に幸せにお暮らしください。
○小浜という島は毎日でも行って見たいものであるが、船で渡る海路であるから、思うようにならない。
○富崎という灘(難所)がなければ、真武佐という難所がなければ、今日も明日も、と毎日でも通いたい。
(訳はたるー)
ちなみに、「八重山民謡誌」によると、この作者宮良永祝は、1723年に生まれ、1771年に八重山未曾有の大海嘯(大津波)に会い、中国の福州に漂着して、49歳でこの世を去るまでそこに住んだという人である。
宮良永祝が与人(村長)になったのは1751年だから、この歌もその頃に作られたと推測されている。
実に260年前の歌が、今も輝きを失わずに人々に愛され続けているのである。
くもまぶし
kumoma bushï
語句・くもま 小浜島の事を古老がそう呼ぶ。「北部の民謡」によると琉球王朝時代に人頭税のために古見(くん)から移住させられた人々が小浜を「くんまま」(古見小の意味、)と呼んだのが変化して「くもま」と呼ぶようになったらしい。
(「ï」「ぃ」は「中舌母音」を表す。中舌母音については鷲の鳥参照)
一、小浜てる島や果報の島やりば大岳ばくさで白浜前なし(ヨオンナ 以下略す)
くもまてぃるしぃまやかふぬしぃまやりば'うふだぎばくさでぃしるぱまいなし
kumoma tïru shïma ya kahu nu shï ma yariba 'uhudagi ba kusadi shirupama mainashi
◯小浜という島は果報の島であるから大岳を後ろにして白浜を前にして
語句・てぃる という。 ・やりば であるから。<やり(やん、の己然形)+ば=理由をあらわす。・うふだき 大岳 。高さは九九・四メートル。小高い丘。
二、大岳に登てうし下し見りば稲粟のなうり弥勒世果報
'うふだぎにぬぶてぃ'うしくだしみりば'いに'あわぬなうりみるくゆがふ
'uhudagi ni nubuti 'ushikudashi miriba 'ini'awa nu nauri mirukuyugahu
◯大岳に登って下を見ると稲粟が実って豊年
語句・うしくだし うしくだい=目線を上から下にして。 この歌詞「うすとみゆみりば」というのもある。・なうり 実って。・みるくゆがふ 五穀豊穣。平和。本来は弥勒信仰により、「弥勒様が叶えてくださる極楽の世」という意味から。
三、稲粟の色や二十頃美童粒美らさあてど御初上げる
'いに'あわぬ'いるやはたちぐるみやらび ちぃぶぢゅらさ'あてぃどぅ'うはつぃ'あぎる
'ini'awa nu 'iru ya hatachi guru miyarabi tsïbu jurasa 'atidu 'uhatsÏ 'agiru
◯稲粟の色は二十頃の娘 粒が美しいものこそ(だけ)御初の上納に
語句・ちぃぶ 粒 。ちぃぢ、という歌詞もある。・ うはつぃあぎる収穫の最初の「御初穂」を豊作に感謝して神に捧げる風習がある。
(コメント)
八重山諸島は小浜島に伝わる民謡。
小浜節は、1751年頃小浜村与人だった宮良永祝が新里加武多が口ずさんでいた唄を琉歌の形式に直したのがはじまりと伝えられている。
この歌詞は聞き取りしたもので、中舌母音だと認識できたのは五ヵ所だった。
ちなみに「島うた紀行」では
三番の「粒」は「つぃづぃ」とふりがながある。
「八重山古典音楽安室流保存会 八重山歌工工四全巻」(編者 玉代勢 長傳)には「粒(つぶ)」とある。
「八重山民謡誌」(喜捨場永珣)によると、この歌の後に
(そのまま引用。ふりがなは筆者)
小濱てる島や、果報ぬ、島やりば、
島と相應(ふさい)みしより、我島主ぬ前。
小濱てる島や、行き見ぶしやあしが、
船ぬ、路やりば、行きやならぬ。
富崎渡(ふさきど)ぬ、ねぬらば、眞武佐渡(まぶさど)ぬ、ねぬらば、
今日(きゆ)や行き、明日(あちゃ)や來(き)そんが。
(歌意)
○小浜という島は果報な島であるから、この島のお役人様も元の故郷と同等に幸せにお暮らしください。
○小浜という島は毎日でも行って見たいものであるが、船で渡る海路であるから、思うようにならない。
○富崎という灘(難所)がなければ、真武佐という難所がなければ、今日も明日も、と毎日でも通いたい。
(訳はたるー)
ちなみに、「八重山民謡誌」によると、この作者宮良永祝は、1723年に生まれ、1771年に八重山未曾有の大海嘯(大津波)に会い、中国の福州に漂着して、49歳でこの世を去るまでそこに住んだという人である。
宮良永祝が与人(村長)になったのは1751年だから、この歌もその頃に作られたと推測されている。
実に260年前の歌が、今も輝きを失わずに人々に愛され続けているのである。
Posted by たる一 at 17:48│Comments(4)
│か行
この記事へのコメント
穏やかだけに、恨みも深いというかんじですか?
そういえば、そうならったような。
裏の解釈みたいなのがあると。
そういえば、そうならったような。
裏の解釈みたいなのがあると。
Posted by gabaizu at 2006年05月14日 22:31
呪術的と書くと、やはり「恨み」ととれますか。
祭祈的と書くほうが正確ですね。
かりゆし、という言葉が、発するだけで航海の安全を祈願することと同じだったような感覚で「ミルクユガフ」「かふ」などが歌に載せられていたようです。
言霊が信じられていた時代です。
祭祈的と書くほうが正確ですね。
かりゆし、という言葉が、発するだけで航海の安全を祈願することと同じだったような感覚で「ミルクユガフ」「かふ」などが歌に載せられていたようです。
言霊が信じられていた時代です。
Posted by せきひろし(たるー) at 2006年05月15日 18:21
だんじゅちーゆ まーりーる くまま
で、始まる小浜節の解説もぜひお願いいたします。
小浜島に行って、うふたきに登る入口に碑が立っています。
古典の小浜節が存在するのだと、居酒屋さんで伺いました。
意味的には、碑に書いてありますが、詳しく知りたくて探しました。
どうか、願いをかなえてください。
宜しくお願いいたします。
で、始まる小浜節の解説もぜひお願いいたします。
小浜島に行って、うふたきに登る入口に碑が立っています。
古典の小浜節が存在するのだと、居酒屋さんで伺いました。
意味的には、碑に書いてありますが、詳しく知りたくて探しました。
どうか、願いをかなえてください。
宜しくお願いいたします。
Posted by 安藤 浩充 at 2012年09月17日 06:27
安藤さん
コメントありがとうございます。
返事も遅いのですが、どうかお時間もくださいね。
よんなーよんなー更新しておりますので。
コメントありがとうございます。
返事も遅いのですが、どうかお時間もくださいね。
よんなーよんなー更新しておりますので。
Posted by たる一
at 2012年10月08日 11:57

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