2007年07月22日

宮古根~山原汀間と (山内昌徳)

宮古根~山原汀間と
なーくにー やんばるてぃーまとぅ
naakunii yaNbaru tiima tu

(マルフクレコード「ナークニー大会」より 歌 山内昌徳)


(宮古根)

約束やしちょて二十日夜の月のあがるまで畜生我身や待たち
やくすくぐわやしちょてぃ はちかゆぬちちぬ 'あがるまでぃ ちくしょ わみやまたち
yakusukugwa ya shichoti hachika yu nu chichi nu 'agarumadi chikusho wami ya matachi
約束はしていて二十日夜の月があがるまで畜生(のような人)私を待たせて
語句・しちょてぃ していて <しちょーてぃ ・ちくしょ畜生 <ちくしょー 畜生にたとえて人を非難している 


約束ややてど寝屋の戸や叩く 誰がして云うしや 二人待ちが
やくすくや やてぃどぅ にやぬとぅやたたく たがしてぃ'いゆしや ふたいまちゅが
yakusu ya yatidu niya nu tu ya tataku taga shiti 'iyushi ya hutai machuga
約束はしたが寝屋の戸をば叩く 誰がして(叩いて)というかね 二人待つのか
語句・たがしてぃ誰がして <たー(誰)+が(疑問の「が」)+してぃ しゅん


(汀間とぅ)

鶏やうたるとん夜や明けて呉るな までぃぬふやわしや語れでもの (さーさ 十七八頃 花の盛り)
とぅいや'うたるとぅん ゆや'あきてぃくいるな までぃぬふやわしや かたれでむぬ (さーさ じゅうしちはちぐる はなぬさかい)
tui ya 'utarutuN yu ya 'akitikwiruna madi nu huyawashi ya katare demunu (saa sa juushichihachi guru hana nu sakai)
ニワトリが鳴いても夜は明けて呉れるな めったにないめぐり合わせや語らいだから (十七八才頃 花が盛り)
語句・とぅい 鳥 鶏 明け方に鳴くのは「ニワトリ」だけではなく小鳥も鳴く。・までぃ 稀の めったにない <まり mari (稀) の「r」が「d」と入れ替わったもの。・ふやわし めったにないめぐり合わせ ・ 普通は「ぬ」であるが、何故係助詞「や」なのか不明。・かたれ 「①仲間にはいること;男女の一緒になる約束 ②語り合い」(琉) <かたれーkataree いわゆる「語らい」を語源とするよりも「味方」という場合の「かた」から来ているという説明もある。(沖)・でむぬ だから


さらば天川や 島ゆくになとい でぃちゃよ立ち戻ら ゆびぬじぶん (囃子 同上)
さらばてぃんじゃらや しまゆくになとい でぃちゃよたちむどぅら ゆびぬじぶん
saraba tiNjara ya shima yuku ni natoi dicha yo tachimudura yubi nu jibuN
さあ天の川は島の横(に傾く)になっているのか さあ!帰ろう 昨夜と同じ時間(だから)
語句・さらば さあ 文語で使われる感嘆語 ・てぃんじゃら 天の川 銀河<てぃんがーら tiNgaara→tiNgara(詩的許容 短縮される )→tiNjara 「g」が「j」に。・なとい なっているか<なとーい <なゆん(なる)→なとーん(なっている)+い(疑問) ・でぃちゃよ さあさあ 誘いかけるときにつかう ・たちむどぅら帰ろう 「たち」には明確な意味はないが「戻る」を強調している接頭語。「ら」が付いて「・・しよう」

沖縄を代表する歌とはなんだろう。
この宮古根はその一曲であるというのは間違いない。

沖縄から買ってきた「ナークニー大会」というカセットに聞きほれている。
ヤンバルは今帰仁方面で生まれたという説もある「宮古根」の様々な形が多くの歌い手によって表現されている。
もちろん収録されていないものも無数あるだろう。

「宮古根」という名前は一説によると、宮古島から本島に来た若者が望郷の念を抱いて歌ったのが最初とされていることから「宮古」(なーく、みゃーく、まーくん)を頭につけて「根」という当て字があててある。「にー」は「音」でないかという意見もある。
「宮古に根をもっている歌」というニュアンスなのだろうか。

そういえば沖縄にある「ニライカナイ」伝説。「海のかなたにある楽土」、つまりあの世という意味だが、この「ニライ」が「根来」であるという説もある。古事記には「根の国」というものも登場するようだ。

さて話がそれた。
「宮古根」の歌い手ということでは、このカセットにはこの山内昌徳のほかに、嘉手苅林昌、登川誠仁、知名定男、亀谷朝仁、上原正吉、山里ユキ、瀬良垣苗子、饒辺勝子、前川朝昭、玉城安定。
このブログでも興味のわくものをとりあげていきたい。
さまざまな「宮古根」を時間をかけて自分のものにしていきたいからだ。

さて、この山内昌徳の「宮古根~山原汀間と」
男女の間の思い、約束、そして夜明けの別れと物語になっている。

最後の歌詞はよく「赤山節」でも歌われている。

古い琉歌で
あけやう天川原や島横になとさ でかよう立戻ら よべの時分
'あきよーてぃんがーらやしまゆくになとぅさ でぃかよたちむどぅら ゆびぬじぶん
'akiyoo tiNgaaraya shima yuku ni natusa dikayo tachimudura yubi nu jibuN
あれまあ 天の川は島横に傾いてしまった さあ帰ろう 昨夜と同じ時間だから

毛遊びも夜明け近くになり、空を見上げると天の川が島、つまり地面に横になっているほど下がっている。そろそろ帰ろう、昨日と同じ時間になったのだからという感じだ。

おおらかな昔の時間が歌のなかにはいまでも流れている。






Posted by たるー(せきひろし) at 08:38│Comments(0)TrackBack(0)な行

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